恋のパレード

策略の末、結論は -3-

 学校から帰宅し、あたしは約束の時間に送迎車の前にいた。
 見慣れているつもりだったけど、やっぱり人様のソレを見ると金持ちってことをアピールする為にって気がしてならない。
 純白のリムジンはうちの漆黒の車よりも上品に見えた。
 そして予想を裏切ることなく、約束の相手は、運転手が後部座席のドアを開けるのを待ってから悠々と降りてきた。

(これだからお坊ちゃまは嫌なのよ)

 自分で運転ぐらいすればいいのに、っていつも思う。
 せめて私用のときぐらいは。
 って、こういうことばかり考えてるから周りから変とか言われるのかもしれない。

(……どうせ、こういう考えしかできないのよ)

 お金持ちだからっていう先入観を持たれるのがいつも嫌だった。
 だから友達には自分が財閥の人間であることを言わないようにしてきた。
 家柄という飾りじゃなくて自分自身を見て欲しいから。
 だけど、いつか友達がこのことを知ってしまったらと思うと怖い。
 何で言ってくれなかったの? って離れていくかもしれないし、何も言われずに去っていくかもしれない。
 今まで通りに、っていうことはもしあたしが逆の立場だったら難しいと思う。
 だからこそ、もう今となっては言えない。

「あの……取り敢えず、乗ってもらえます?」

 少し遠慮がちなその声で我に返る。

「……あ、はい」

 後部座席の中を促され、あたしは奥の座席に腰を下ろす。
 続いて乗り込んでくる日下部先生は、一人分のスペースを空けて隣へ座った。
 それを合図に、緩やかにアクセルが踏まれ車が動き出す。
 流れていく風景を眺めながら、自分の家が遠のいていくことに急に心細くなった。
 芽生えた不安を払拭するべく、放課後と同じく黙って座る日下部先生へ向き直る。

「単刀直入に伺います。どういう魂胆ですか?」
「今日の、ことですよね」
「そうです。せめて心の準備くらいはさせて貰えるのでしょう?」

 ついキツい口調になってしまったのは、自分の身を守るため。
 だがその言葉に、日下部先生は半ば諦めたように薄く息を吐いた。

「もちろん、その心配には及びません。人目を避けないといけませんし、かといって学校で話すにはリスクが伴いますので今回こうした形で連れ出させて貰いました。……ちなみに言うと、この車は常盤さんを連れ出すためのカモフラージュに過ぎません」
「……カモフラージュ?」
「大事なお嬢さんを夜に連れ出すには、それ相応の場所を示す車が必要だということです」

 分かったような、分からないような。
 まぁ立場が違うんだし、そういう考え方もあるのかな、と思うことにした。

「ついでに教えてください。先生には好きな人とかいないのですか?」
「……率直な質問ですね」
「先生が話してくれれば、あたしも話します」

 そう宣言すると、日下部先生の目が一瞬揺らいだ。
 そして、ぽつりぽつりと言葉を繋ぐように話し出す。

「好きな人は……サークルの後輩にいましたけど。彼女には別に好きな人がいましたし、それから恋愛対象になる人はいません」
「……同じなんだ」
「何が、ですか?」
「自分の心を優先せずに諦めて、それから好きな人を作らなかったところが、です」

 想うだけの恋は切ないだけ。
 幼稚園のときのような苦い思いはもうしたくない。
 今まで好きだと告白されたことはあるけど、それで恋愛感情が芽生えることもなかった。
 好きになるかもと思うことなんて到底できなくて、結局付き合った人は一人もいない。
 それが皮肉にも両親に政略結婚という選択肢を与えてしまったのかもしれないが。
 まだ高校生だっていうのに、こんなに急いで将来の伴侶を見つけなきゃいけない理由がどこにあるんだろう。
 仮にこの人と籍を入れたとして、そこに愛がない生活がいつまで続くと思っているのか。

「あたしは先生も含めて誰も好きにはなれません。結婚するつもりはないですし、何より好きでもない人と一緒になるなんて間違っていると思います」
「…………」
「それに、幸せと言えない結婚生活に縛られるなんて嫌なんです。先生だってそうでしょう? それとも、ひとりの人生よりもおじい様の言いつけが大事とでも?」
「……それは」
「あたしにだって感情があります。ただの傀儡子にはなる気はありません」

 言いよどむことをいいことに、思ったことを次々に口に出していった。
 否、これだけは伝えておかなきゃと思ったから。
 でも先生ははじめこそ目を丸くしていたけど、次第に少し眉根を寄せていた。

「……僕は、そういう風に見えているのですか?」
「え?」
「少なくとも一年のとき担当クラスだったんですから、僕のことを全然知らないということはないでしょう。他のお見合い相手とはそこが違うはずです」

 いつもとは違う、はっきりと告げる口調。
 料亭のときと同じ、後ろめたさのない凛とした眼差しに吸い込まれそうになる。
 あたしは落ち着こうと深く息を吸ってから言葉を返した。

「授業中の先生は知っていたとしても、普段の先生は違うかもしれません。誰だって自分の知られたくない性格は隠しておきたいものでしょう?」
「……つまり、可能性を考えて僕を信用できないってことですね」

 端的なその言い様に口篭ってしまう。
 肯定も否定も、すぐにはできなかった。
 やはり多くの人を相手にしているからか、考えていることなんて簡単に見透かされて。
 それが何だか口惜しい。
 彼には口では勝てないような気がして、経験と年齢差を否応なく実感させられる。

「すぐには無理かもしれませんが、僕はあなたを好きになる自信はありますよ。昨日会って、そう確信しました」

 淀みなくそう言い切る顔はどこか誇らしげで。
 純粋にその理由を知りたいと思った。

「……根拠は?」
「僕はどちらかというと無口になってしまいがちなのですが、常盤さんの場合は違う。もっと知ってもらいたくて話したくなる。だから近い将来、あなたを好きになる。……そしてそうなったときは、あなたを口説き落とします」

 思わぬ告白に息を呑んだ。
 先生は無意識なのか、ふんわりと笑っていて。
 心拍数が上がり、真っ直ぐに見つめてくる視線を逸らしたい衝動に駆られた。
 だけど、それはやんわりと阻まれた。

「ところで、僕の授業は分かりやすかったですか?」
「え? ……ええと……分かりやすい方だったとは思いますけど」

 そう返事をすると、先生は子供みたいな無邪気な笑顔を向けてきて。

「そうですか。なら良かったです」

 何を持ってして『良かった』のか理解できなかった。
 だけどそれを追求する前に、先生は運転手に一言呟くとあたしに振り返った。

「着きましたよ」

 目的地を知らせる声に、意識を外に向けた。