恋のパレード

策略の末、結論は -6-

「ちょーっと相談事、乗ってくれない?」

 ここはあたしの自室。
 ドアの近くには入浴準備が完了したことを知らせにきた執事が佇んでいる。
 彼はいつもと同じく、至って真面目に聞き返してきた。

「何でしょうか、奈江お嬢様」
「その、ね。クラスの男子から友達との恋仲を取り持ってくれるよう頼まれたのだけど、どうしたらいいと思う?」
「……これは珍しい話題ですね」

 和やかな笑みを返され、あたしは不満を露にした。

「そもそも、恋愛経験の少ない人に相談するのが間違っているのよね」
「だから私の意見を?」
「そう。約束は守るためにあるもの。そう教えてくれたのは他でもない奧埜でしょう?」
「さようでございます」

 奧埜は大きく頷くと、一呼吸を置いて言葉を継いだ。

「まずは、お嬢様のご友人はお相手のことをどう思っているのでしょうか」
「みのりが難波くんのことを? ……ただのクラスメイトってところじゃないかしら」
「ではみのり様が現在、好意を寄せている方がいらっしゃる気配などはありますか?」
「そーねぇ。バイトで週末も忙しくしているみたいだし、そんな素振りはなかったと思うけど。はっきり言ってその点に関して自信はないわね」

 これまで「なんでこの人が?」っていう人から告白をされてきたが、そのたびに自分の鈍感さに呆れてしまった。
 今までの経験からいって、恋愛感情に疎いことは否定できない。

「難波様の性格を挙げて、好きなタイプかどうか聞いてみるのはどうですか?」
「なるほど、それはいい考えかも。やっぱり奧埜に相談してよかった」

 肩の荷が降りたことで、あたしは随分と気が楽になっていた。
 だって一人でぐるぐると考えても、全然いい案は出てこなかったから。
 椅子から腰を上げると、やや遠慮がちな声が聞こえてきた。

「ところで、お嬢様は婚約者様のことを認められたのですか?」

 一瞬びっくりしたけれど、この執事に隠し通せるわけもないと思い直し、素直に答えた。

「日下部先生とは現状、何も変わらずよ。破棄でもなく認めるでもなく」
「恐れながら、このままですと数ヵ月後も経たないうちにご結婚となるでしょう。そうなれば逃げる事もできなくなりますが」
「分かっているわ。でも、少し考えたいの」

 できるだけ、やんわりと奧埜の忠告を遮る。
 けれど、それすら見抜いたように前置きもなく次の言葉が投げかけられる。

「日下部様はお嬢様によい変化をもたしてくれる方だと思っておりますよ」
「え? なあに、どういう事?」
「今まで結婚なんて嫌だと一点張りだったお嬢様にもしかしたら、と希望を与える方もなかなか現れません。良いご縁に恵まれて喜ばしい事です」

 確かにそうなのかもしれない。
 今までパーティーなどで紹介を受けた人たちは皆揃って、家柄を自慢する人ばかりで。
 それにひきかえ日下部先生は教え子と言うこともあるだろうけど、ちゃんとあたしを見てくれようとしている。
 好きな人について質問したときも、素直に答えてくれたわけだし。
 世間知らずの財閥令嬢としてではなく、ひとりの女性として対等に接してくれている。
 結婚相手としては今までで一番信頼できるとは思う。
 けれどまだ――その言葉を是とするわけにはいかなかった。

「ちょっと待って。日下部先生と結婚して、本当に幸せになれると思ってる?」
「奈江お嬢様は決める事が怖いのですか?」

 逆に聞き返され、言葉に詰まる。
 人生を左右する決断の期限が迫ってきているというのに、まだあたしの心は揺れていて。
 早く決めなきゃと思うばかりで全然考えがまとまらなかった。

「――怖いわ。とても。だって取り返しがつかないでしょう?」
「そうですね。ですが、考え方を変えるのも一つの手かと。漠然とした幸せについて考えてみても、その時になってみないと分かりません。今のお嬢様にとって大事なのは『これから幸せを掴む』という考えが相応しいかと思います」
「…………。幸せになれるのかって不安がるよりも、幸せになるんだっていう気持ちのほうが大切ということ?」
「その通りです」

 澱みなく肯定する返事が、あたしが聞きたい全てを語っているような気がした。
 そう考えると、つい渋面な顔になってしまう。

「……難しいわね、色々と」
「それでもお嬢様は決断をしなければいけません。周りの思惑の渦に飲まれるのではなく、自分の意志で。まあ、今は深く考えずに自分の気持ちに正直になればよろしいかと存じます」
「心に留めておくわ」

 どうなるかなんて、まだ分からないけど。

        ......

 お昼休憩は、自分の席でみのりと一緒にお弁当を広げるのが恒例だ。
 今日は食べ終わったところで昨日貰ったアドバイスを思い出し、話を切り出した。

「ねぇみのり、ちょっと外の空気吸いに行かない?」
「いいよー。だけど常盤ちゃんの頼みごとなら、いつでも聞くよ?」
「……それって女の勘か何か?」
「思いつきで言ってみただけだよ。第一、私には霊感とかないし。それで、どうしたの?」

 廊下に出て、あたしたちは目的を持たず歩き出す。

「うーん、あのね。みのりは好きな人とかいる?」
「私? 今はいないけど……。ひょっとして常盤ちゃん、好きな人でもできたの?」
「好きっていうわけじゃないけど、ていうか、恋愛の定義が分からないっていうか……」

 途端、みのりはきょとんとした顔を見せた。

「常盤ちゃん、もしかして恋愛疎い? 定義とか、難しく考え過ぎじゃないかな。ずっと傍にいて安心できる人だったら、その人が好きなんだと思うよ」
「……そうなの?」
「じゃあ、例えばね。今気になるその人が常盤ちゃんを選ばなくて、他の人になびいたとしたら。……どう思う?」

 声が出なかった。
 考えも及ばなかった可能性を提示されて目を丸くする。
 けど、それでもし婚約破棄になったら……と想像してみて。
 結婚を白紙にできるなら万々歳のはずなのに、なぜか心がちくりと痛んだ。
 その心を見透かしたようにみのりが続ける。

「その時に取るだろう行動が何よりの答えだよ。嫌だと思ったのなら、好きだってこと。自分の傍にいて欲しいと思ったのなら、それが本心。それだけのことだよ。定義だなんて言うより、ずぅっと簡単な事だもの」

 それでも自分の気持ちをすぐに認めることもできなくて。

(あたしは日下部先生に惹かれてる……のかな……)

 本当に今の気持ちは恋愛感情と言えるのか、自分のことなのに自信が持てなかった。

「……もう少し考えて、結果が出たらちゃんと言う」
「ん。考える事は決して悪い事じゃないよ。ただ、機会を見失わないようにね」
「機会?」
「そう。もし好きだと確信が持てたとき、もう手遅れだったら意味ないじゃない? 自慢じゃないけど、私はそういう恋愛ばかりしてきたらから、常盤ちゃんには同じ間違いをして欲しくない。チャンスが訪れたとき、絶対逃げたらダメなの」

 みのりは自分自身に言い聞かせるように断言した。
 いつもとは異なる気迫を感じて、あたしはおずおずと頷いた。
 そうして忘れかけていた本題に移るべく口を開く。

「参考までに聞きたいんだけど、みのりはどういう人を好きになったの?」
「んーどうだったかな。忘れちゃった」
「それじゃ、好きなタイプは? 自分より頼りになる人とか……皆を纏めて頑張る人とか」
「……えぇ? そうだなぁ、結構頑張りやさんは助けてあげたくなっちゃうけど。ま、根本的に優しい人が好みかなぁ」
「そうなんだ。今度、みのりの話じっくり聞かせてね」
「うー……恥ずかしい話ばっかだけどねー。まぁ、常盤ちゃんならいいよ」

 ごめんみのり、今聞いた好みのタイプは後で難波くんに伝えます。
 やっぱり、自分はキューピッドにつくづく向いてないなと思う。
 もう、こういう相談事は引き受けないようにしよう。
 良心が痛んでしょうがないもの。

        ......

「えー、今日のHRは文化祭についてだ。まずは総務委員から常盤と難波ー。頼む」

 担任に名指しされ、副総務の難波くんと一緒に教壇に立つ。
 少しは慣れてきたと思ったけど、大勢を前に発言するのって緊張する。
 皆が一斉にあたしを見ているのだから余計に。
 だけどこれも仕事なのだから、と気持ち声を張り上げて言う。

「今日は、文化祭のテーマとテーマソングの候補を決めたいと思います。何かいい案がある人いますかー?」

 ざわめきがクラス中に広がった後、オリコン上位の曲が次々と出て、難波くんが黒板に書き連ねていく。
 意見が一通り出尽くしたところで挙手によりクラス投票を行う。
 圧倒的多数により仲間との絆を唄った曲がテーマソングになり、テーマも曲から絆、ということになった。
 あっけなく仕事が終わったところで、成り行きを見守っていた担任が口を挟む。

「お疲れ。じゃあ次は文化委員の出番なー」

 資料を抱えた女子二人と入れ替わり、あたしたちは自分の席へ戻った。

「クラスの出し物でやりたいものをどんどん言ってくださーい」

 男女問わず次々と候補が挙がり、あっという間に黒板の半分が一気に埋まっていく。
 案はお化け屋敷、焼きそば、プラネタリウム、メイド喫茶など定番のものが占めていた。
 費用や衛生的に難しいものは担任により見送られ、多数決により模擬喫茶が決まった。
 去年はパネル展示だったため、こうして文化祭らしいものができて嬉しい。
 先生は遊びに来てくれるかなと思うと、自然と胸が高鳴った。