恋のパレード

大切なのは、過去か現在か未来か -1-

 今日は珍しく宿題が多く出されていた。
 そのため、あたしは帰宅してから部屋に閉じこもっていた。
 先生も定例会議で遅くなるから、今夜は会えないと事前に言われていたし。
 ちょうど良かったのかもしれない。
 その宿題もやっと一段落がつき、大きく伸びをする。
 ふと時計を見やると、夜の九時前を指していた。

(ちょっと張り切りすぎたかしら?)

 遅い夕飯を摂るべく、長い廊下を歩く。
 階段を降りようとしたところで、ちょうど一階から見上げている母親の姿が目に入った。

「奈江ちゃん、今からご飯ー?」
「はい、お母様」

 相変わらずフリル満載な服を纏った母親の前に立つ。

「あまり頑張りすぎも体によくないから、適度に休憩も取らなきゃダメよ?」
「分かっています」

 そして食卓へ向かおうと歩き出したところで、そういえば、と呼び止められた。

「教師と生徒の禁断の恋の行方は順調かしら?」

 あまりの唐突なその物言いに思わずこけかけたのは、天然なのか計算なのか未だに諮りかねている母親のせいだ。

「学生の頃、教師と生徒っていう関係に憧れていたのよね。滅多にない機会なのだから、勉強も大事だけど恋も存分に頑張るのよ。お母さん、応援するからねっ」
「……何を言っているんですか?」
「いやね、水臭いわ。奈江ちゃんと私の仲じゃない。こういうときはどーんと頼って頂戴」

 胸を張ってみせる姿に脱力感を覚えた。
 一瞬、本気で親として否定したくなる衝動が芽生えたのだから相変わらず油断できない。
 気を取り直して、無駄とは思いつつも娘として一言述べる。

「それはともかく、親としての失言かと思いますが?」
「あらやぁね、今頃気が付いたの? 相手の彬さんだったかしら。あの方も私と同じ匂いがするわよ」
「……は?」
「もう、奈江ちゃんってばとぼけちゃって。策略家っていう意味よ」

 当然のように言ってのける声に、開いた口が塞がらない。

「現に奈江ちゃんから婚約破棄の言葉も出ないし。つまり、交際は順調なのでしょう?」
「……そう……だといいのですが」
「まあ、照れちゃって可愛い。やっぱり女の子を産んでよかったわぁ」

 自分の世界に浸る親に最早つっこみを入れる気力もなかった。
 未来は漠然とした感覚しかなくて、これから結婚するという心の準備もまだちゃんとできていないのに。
 娘の気持ちを悟る気配がない母親に気付かれないよう、そっと溜息をついた。

        ......

「おはよう、みのり」
「おはよー常盤ちゃん」

 いつもの朝の光景。
 なのだが、今日は少しだけ様子が違っていた。
 最近は教室に入ると、難波くんとみのりが親しげに話していることが多かったのに。
 教室を見渡すと、難波くんは自分の席の近くで男子と談笑中だった。
 聞いてもいいかどうか迷いつつも、みのりに尋ねる。

「難波くんと何かあったの?」
「あーあれかぁ。告られたけど、振ったよ」
「え?! ……みのりってば、たまに男らしいこと平気でするわよね」
「だって他人を幸せにするなんてこと、私には無理だから」

 飄々と言ってのけるのは常の彼女。
 が、少しだけ纏う雰囲気が違うように見えたのは多分気のせいじゃない。
 だけどそれについて触れるのは何となく気が引けた。

「幸せになるじゃなくて、幸せにするってどういうこと?」
「ほら、だって尽くし尽くされるのが恋愛の醍醐味じゃない。どっちかに偏りすぎていても、うまくいかないと思うんだよねえ」
「そういうものなの?」
「と私が勝手に思ってるだけって話だよ。皆が皆じゃないと思うし」

 恋愛観は人それぞれだと分かるけど、好きという気持ちが偏りすぎてもダメという意見にビクリとしてしまう。
 この前、やっとお互いの気持ちを確かめたばかりだけど。
 あたしだけが好きになっても、駄目なんだ。
 片方だけの気持ちが大きくなっていったら、いつしか均衡は崩れてしまう。

(き、気をつけなくちゃ)

 でもこんなにキッパリと言い切るなんて一体何があったんだろう。
 そんなあたしの視線の意味を感じ取ったのか、みのりが言葉を続けた。

「気持ちの整理がついていない私なんかを彼女にしたところで、難波くんが幸せになれることはないから。だからお断りしたの」
「……ごめん。どういうこと?」
「平たく言うと、前の彼氏のことを未練がましくひきずってるってこと」

 みのりは、あまり自分からプライペードについて語らない派だ。
 中学からの付き合いだけど、言いたくない話題はさりげなく避けているようだったので、こちらも突っ込んだ質問などはしないようにしてきた。
 その結果、お互い恋愛関係の話はなんとなく避けていたのだけど。
 付き合っている人がいるなんて素振りは一切なくて、全然気づかなかった。
 若干驚きを隠せないながらも、素直に教えてくれた信頼に応えようと言葉を探す。

「……でも、忘れられない恋は新しい恋がいいって聞くけど? 多かれ少なかれ、いろんな刺激があるだろうし。そうすれば、自然と気持ちの整理もできるんじゃない?」
「うーん。そう言われてみればそんな気もするけど。まぁ私、今のところ彼氏が欲しいわけじゃないし、友達と家族がいてくれたら充分」
「そんなにひきずってるの? 昔の事」

 みのりは沈黙の後、机にうな垂れてしまった。
 突っ伏したまま右手をひらひらと振りながら言う。

「いやいや、これが結構厄介で忘れようと思えば思うほど無理みたいなのよねー、うん」
「ちなみに年上? 年下?」

 ふと思いついたことを聞くと、みのりはぴくっと体を反応させて起き上がった。

「驚いてひかない? 常盤ちゃん」
「……たぶん」
「十歳年上」
「へぇ…………って。えっ? 本気で言ってる?」

 まさかそんなに年上とは予想していなくて、思わず聞き返していた。

「本気本気。みのりさん、嘘言いませんー」
「それって……どういう経緯で知り合ったの?」
「親の会社の繋がり。ほら私、週末バイトで入っているから。そのとき知り合って」

 となると社会人との付き合いだったんだよね、おそらく。
 けれどそれ以上、話を聞く前に本鈴が鳴ったのでおとなしく席に着いた。
 授業中、みのりも同じような悩みを抱えていたのかもと考えると胸が苦しくなった。
 結果としてみのりは別れて、しかもまだ昔の恋を引きずっているみたいで。
 あたしたちも将来そんな可能性があるのだと思うと、言いようのない不安が襲った。