恋のパレード

大切なのは、過去か現在か未来か -3-

 等身大の鏡に映っているのは、濃紺のセーラー服姿の自分。
 シルク素材の白スカーフの位置を微調整し、再び鏡を覗き込む。

(よし、大丈夫そう)

 オーダーメイドによる制服は着心地も申し分なく。
 後ろ襟の両縁にある学園の刺繍が密かに気に入っているのだけど、着てしまうと見れないのが残念だったりする。
 他校は胸当てにも校章が縫われているのに、学園の制服は無地なままで。
 襟元とカフスに三本ラインが入っているだけの、シンプルなデザイン。
 チェックのスカートにブレザーも憧れるけど、このシックな雰囲気も好きなわけで。
 なんだかんだ言って、ずっと着ていると愛着も増していくらしい。
 黒のストッキングを履き、最後に髪型を軽く整える。
 と、そこに規則正しいノック音が二回に分けて四回響く。
 この規則正しいリズムは執事の音だ。

「どうぞ」
「失礼致します、奈江お嬢様。紅茶をお持ち致しました」

 朝食を済ませた後、彼は自室まで飲み物を持って来てくれる。
 それもいつも絶妙のタイミングで。
 しかも週に何日かはお菓子もついてくるという、サプライズつき。
 いつからか、朝のティータイムは毎朝の日課となって。
 毎日違う種類のハーブを用意してくれる執事は、今日の茶葉について語り出す。
 最早BGMのように聞き流すことを覚えてしまったので、いつものように彼の声を横に紅茶を口に運ぶ。
 そして一緒に添えられた紅茶シフォンをフォークで救いあげる。

(……うん、美味しい)

 自然と笑みがこぼれた。
 ぱくぱくと口に頬張って、その美味しさを心ゆくまで堪能する。
 しかし、そんな幸せなひとときもあっという間に過ぎていき、壁時計に視線を配らすと七時半を過ぎていた。
 頃良い時間になったので、あたしは紅茶を飲み干してソーサーへと戻す。
 無論のことシフォンは完食していた。
 椅子の横に置いていた学生鞄と手提げを手に取り、ドアへと向かう。
 常であればそこで呼び止められることはないけれど、今日は違ったらしい。

「お待ちください、お嬢様。良仁様より言伝を預かっておりました」
「お父様から? なあに?」
「学校が終わってから彗様の元を訪れて欲しいと」

 その言葉に、記憶の糸を解くのに若干時間を要した。

「彗……って三神彗(みかみすい)のこと?」
「左様でございます。何でも彗様がお嬢様にお会いしたいということで」

 なぜ今頃彼が会いたがるのか理由が分からないけど、父親経由で言ってきたっていうことは確実に話がしたいという事だろう。

「そう、分かったわ。今日にでも行くわ」

 あたしは短くそう言い残し、今度こそ学校へと向かうことにした。

        ......

 今日は運良く文化祭の手伝いはなく、放課後、あたしは駅のホームにいた。
 電子掲示版を見上げると、まだ到着まで数分ある。
 向かいのホームでの乗り降りの様子を何気なく見ていると、かすかな振動音を感じた。
 手提げから携帯電話を取り出すと、着信を知らせるランプがちかちか点滅していた。
 慌てて通話ボタンを押して耳にあてる。

「もしもし」
『少し遅くなる』
「……いきなりそれ? 彗ってば」

 単刀直入の性格は未だ健在らしい。
 電話越しだというのに、今の彼の様子が目に浮かんで声をあげずに笑ってしまう。

『悪いが店で待っててくれないか?』
「店って、あの場所?」
『ああ。……じゃあ、悪いな。終わったらすぐ行く』

 言われるなりすぐにプツリと途絶える音。

(……変わってないわね、ホント)

 心の中で呟くと、ちょうどホームに電車が滑り込んできた。
 電話を仕舞ってから乗り込み、ドア近くの椅子に腰掛ける。
 動き出す電車内から見える風景を眺めつつ、行き先の変更に薄く息を吐く。
 今から向かう場所は、一時期よく学校帰りに訪れていた喫茶店。
 店のオーナーや従業員とも顔なじみと言える間柄。
 だから寧ろ嬉しいと表現したほうが正しいのだが、まだ彗の目的が分かっていない状況では素直に喜べなかった。
 考えに耽っている間にも電車は目的の駅へと着き、あたしは駅構内を抜けて外に出る。
 真っ直ぐとそのまま直進し、突き当たりの信号を左に曲がる。
 やがて道路沿いに見える喫茶店を視界に捉える。
 しかし、いつの間にか横を歩いていた男があたしの顔を覗き込んできた。

「ねえ君、今ちょっといいかな?」
「……」
「読者モデル候補に出る気ない? きっと有力候補までいけるよ。今からさ、写真撮らせて貰ってもいい?」
「結構です」
「そんなこと言わずにさ。俺たち怪しい者じゃないし」

(ていうか前! どうして塞ぐのよ!)

 どうやったら追い払えるんだろう。
 あたしは鬱陶しさを感じつつ試行錯誤をしていると。
 知らない高い声が後ろから聞こえたと思った途端、背後から抱きつかれていた。

「ちょっとあなたたち! 私の妹に声かけないで頂戴!」
「……は……?」
「親は警察官なんだから、すぐに突きつけてやってもいいのよ?」
「……どーする?」
「そうだね、警察は困るかな。またの機会にするよ。じゃあね!」

 そそくさと退散していく男たちを横目で見やる。
 彼らが遠くへと消えた頃合いを見計らって、やっと後ろの重みがなくなり体が軽くなる。
 身を翻して、背中にもたれかかっていた第三者を注視した。
 幼い声の割に、大人びた雰囲気を纏った小柄な女性がそこにいた。
 大きな鞄と落ち着いた色合いの私服を見るからに、女子大生かなと推測する。
 あたしは慌てて頭を下げた。

「助けて頂いて、ありがとうございました」
「いえいえ。まぁこの辺はよく勧誘されるところだから、気をつけてね」
「はい……」
「それはそうと、誰かと待ち合わせ?」

 その言葉にこくりと頷く。

「そう。私もなの。良かったら連れが来るまでお茶しない? あ、私の奢りでね」
「よろしいのでしょうか? 見ず知らずのあたしでも」
「もっちろん。一人でお茶しててもつまんないもの。という訳でLet'sティータイム!」

 半ば引きずられるようにして、近くの店へと入った。
 そこは、偶然にも待ち合わせ場所として指定された喫茶店だった。
 カランコロンとベルが鳴り、奥の席へと案内される。
 女性店員は知らない顔だったけど、アンティーク調で統一された店内は昔と変わらずで。

(懐かしいな……。昔はよく彗と来たのよね。お互い実家じゃ息が詰まるとか言って)

 席に着くと、真正面に座った彼女が店員からメニュー表を受け取りながら、そうそう、と口を開いた。

「私は相原なずな。よかったら、名前を聞いてもいい?」
「……申し遅れました、常盤奈江と申します」
「じゃあ、奈江ちゃんね」

 相原さんは店員さんに今日のおすすめメニューを聞くと、ふむ、と頷いた。

「ところで奈江ちゃん、小腹が空いてたりしない?」
「え、ええ……少しは」
「やっぱり? 私もね、学生の頃はよく買い食いしていた口だから。ここのサンドイッチは結構お勧めよ〜」
「はあ。なら、それにします」
「そう? じゃあ、これとこれとこれとこれっ、お願いします」

 素早いオーダーに思わず目を丸くする。
 店員が復唱し終えて去っていくのを見送り、おそるおそる尋ねた。

「そんなに食べて大丈夫なんですか?」
「ん? だってぇ、もう夕方だし。お腹減ったら何もする気なくなっちゃう」
「……ここで、待ち合わせされているんですよね?」
「あー大丈夫だよ、大学以来の仲だから。ていうか、多少は呆れられるかもねー」

 けろりと言い退ける顔に曖昧に頷き返す。
 相原さんはしばらくあたしを見つめていたかと思うと、可愛らしい仕草で小首を傾げた。

「そういえば。奈江ちゃんは彼氏と待ち合わせなの?」
「い、いえ」
「そっかあ。どこぞのお嬢様みたいなオーラ出てるもんね。安っぽい男はともかく、普通の男じゃ声かけづらいのかなー」
「……そんなことはないと思いますが」
「ええ? そうかな、高嶺の花っぽいイメージなんだけどな。遠くから見てたけど、背筋もピンとしてて堂々としている感じとか、こう凛としてて羨ましいなーって。ほら私、なんかほわわんとしてるイメージ抱かれちゃうから」

 その意見には同意を覚えてしまう。
 彼女は親しみやすい雰囲気を持っているけど、小動物みたいな可愛らしさもあって。
 どちらかというと、愛でたい衝動に駆られる。
 とそこへ、店員さんが大ぶりのお皿を持って現れた。

「お待たせしましたー。ご注文の品になります」

 次々と運ばれてくる品数に圧倒されてしまう。

(これ、本当にひとりで食べるつもりなのかしら……?)

 小柄な体にこの量はさすがにキツいのでは、と危惧するが、相原さんの目はキラキラしたものへ変わっていた。
 けろりと美味しそうに平らげていく姿は、見ていて清々しいほどだった。
 あたしがサンドイッチを食べ終えた頃には完食しており、見た目と見事な食べっぷりのギャップに驚く。
 満足そうな顔を見る限り、決して無理をしている様子は感じられない。
 呆気にとられていると、横から焦りをにじませた声が聞こえた。

「すみません、遅くなりました」
「あ、先輩! 私なら大丈夫です。さっき知り合った子と仲良くお茶してましたから」
「なずなは相変わらず人見知りをしないようですね」
「長所ですよ? これ」

 得意げに言う相原さんの声にひかれるように、待ち合わせの人物を見やる。
 けれど目が合ったその瞬間、あたしは凍りついた。

「あれ、そこにいるのは常盤さんじゃないですか?」
「日下部、先生……?」

 あくまでのどかな声に、途切れ途切れの声しか出なかった。