恋のパレード

大切なのは、過去か現在か未来か -5-

「奈江さー、俺やっぱり思うんだけど」
「何? ……あ、ありがとうございます。冬実さん」

 さりげなくお茶を注いでくれる三神家の家政婦さんにお礼を言う。
 それに便乗してか、横から彗もご飯のおかわりを頼んでいた。

「誤解をするぐらい、その婚約者について考えてしまうってことだろ。そのぐらい強い気持ちがあるなら、それは自信になるんじゃね?」
「……そうかしら」
「それとも他に不安なことがあるのか?」

 そう問われて、つい渋面を作ってしまう。
 こんなに不安に掻き立てられているのは恋愛経験の少なさもあると思う。
 でもそれが一番の理由だとは言えなくて。

「たぶん、好きってことを伝えきれていないから、……かしら」

 ぼそりと呟くと納得した表情で彗が口を開く。

「なるほど、だからか。けどそれって、あくまで理由のひとつだよな。心の中で相手の気持ちを信じ切れてない部分が大きいんじゃないか?」
「……ちょっと彗。あまり人の心をえぐるような言い方はやめて」
「そうでも言わないと分からないだろ。長年、お前のいとこやってないぜ? 俺」

 口の減らない言葉に、あたしは口を尖らす。

「じゃあ聞くけど、彗はあたしのどこが好きだと思ったのよ?」
「……お前、男にそういう事フツーに聞くなよ。しかも婚約者いるくせに」
「な、何よ。参考までに聞こうと思っただけよっ」

 ものすごく呆れられたと分かる冷たい視線に、僅かにたじろいでしまう。
 だが彗は珍しく思い詰めた雰囲気で、両腕を組んでひとり唸りだしてしまった。
 その理由はきっと、あたしの言動にあるということは辛うじて分かるけど。

「はーあ。何で俺、お前を好きになったんだろ……。彼女、俺も探そうかな」
「ちょ、はぐらかしたわねっ!」
「ばっか。男が好きな理由をほいほい答えるわけねーだろ?!」
「な、何よ。人にはほいほい質問してくるじゃない! それとどう違うっていうのよ?!」

 納得がいかなくて、感情のままに声を荒げる。
 すると彗は怖いぐらい真顔のまま、じっとその瞳にあたしの姿を映し出す。

「いいか、男ってのは大抵気がついたら好きだった、そんなもんなんだよ。だからそれ以上聞くんじゃねえ」
「な、何それ。そんな単純なものなの?」
「だーかーらー! 世界中で一番大事で生涯守りたいと思ったヤツがいたら、それが好きだってことなんだよ。ったく恥ずかしいことを言わせるなっつーの!」
「…………」

(思わず聞いてるこっちまで赤面しちゃったじゃない)

 けれど、彗のその真っ直ぐな気持ちが少し羨ましく思えた。

        ......

 昨日に続いて委員の仕事もなく、自由な放課後。
 となるはずだったが。
 こういうときに限って回ってくるのが日直の当番だったりするわけで。
 同じ日直である相方は試合が迫っているらしく、帰宅部のあたしは日誌と戸締りを引き受けて先ほど送り出したばかり。
 そして教室に残っているのはあたしとみのりの二人だけ。
 美術部所属のみのりは部活に出るのは不規則らしく、気分で行ったり行かなかったりだ。
 本人曰く、描けないときにキャンパスに向かっても意味がないから、ということらしい。

「ああそうだ。常盤ちゃんは相手、どうするの?」
「……相手? 何の?」
「フォークダンス」

 その単語はすっかり失念していたもので。
 持っていたシャーペンをあやうく落としかけた。

「……忘れてたわ」
「えー? しっかりしてよー総務委員」

 前の席の椅子に座っていたみのりが体を乗り出して言う。
 楽しそうな笑い声を聞きながら苦笑いを浮かべる。

「そっか、でもどうしよう。自由にパートナーが選べるんだったわよね」
「彼女持ちには声かけられないし、この機会に告白する子もいるだろうから、誘うのも気を遣うよねえ」
「早めに探さないと当日困るだろうし。……って、そういうみのりは決まったの?」
「ん、だいたい。……ほぼ確定?」

 なぜか疑問形で答えるみのりは気まずそうに窓の外を見やる。
 あたしは日誌に視線を落としながら、忙しさにかまけてすっかり記憶の隅に追いやっていた自分を叱咤した。
 確か去年は知らない先輩に声をかけられてOKしたんだった。
 今年はというと候補すらいない状況だ。
 本来なら彼氏を頼るのが筋なのだが、まさか先生に一緒に踊ってください、とは言えないだろうし。そもそもフォークダンスは生徒同士の行事だったはず。

(はあ。本当にどうしようかしら)

 頬に手をあてて俯いていると、みのりの声が降ってきた。

「その様子だと本格的に悩んでるようだねー。良かったら、うちの後輩に声をかけてみようか? 確かまだ向こうもパートナーいなかったはずだし」
「……いいの? こっちとしては助かるけど」
「もちろん。じゃあ、今日にでも聞いておくね。きっと部室にいるだろうから」
「じゃあ、お願いするわ」
「ふふふ。お任せあれっ」

 どんと胸を叩く頼もしい友達に自然と笑みがこぼれた。

(あれ? でも、こういうときって先生にも話しておくべき……?)

 しかし先生がフォークダンスのことを知らないわけはないし、よくよく考えれば別に大した問題でもないように思う。
 それに、こんな些細なことでわざわざ連絡を取るのも気後れした。
 というより、今は直接話すのは色々と気まずい。
 お互い連絡先を交換しているとはいえ、送迎の業務連絡を電話でやり取りする以外にはお互いメールもしてこなかった。
 現に昨日だって先生からの連絡もなく、自分からもしていない。
 慌てて帰ったことに少しは不審がられているとは思うけど、何のフォローもないということは特に問題はないと思っている証拠。

(けど、ひょっとしてあたしたちの付き合いって結構ドライだったのかしら)

 今までのことを振り返り、そんな分析をしてみる。
 付き合ってる男女は、普段会えないときメールを送り合う方が自然ではないのか。
 もともとメールは簡潔かつ用件があるときのみしか打つ習慣がないにせよ、婚約者に対してもそのスタンスでいるのはいささか問題ではないのか。
 これまで特に気に掛けなかったけれど、少しは改めた方がいいのかもしれない。
 しかし――今は直接話す機会があるのかさえ謎だけども。

「常盤ちゃん? だいじょーぶ? 眉間に皺寄せて、そんなに今日のネタがないの?」
「……ううん。ごめん、ちょっと考え事してただけ」

 それだけ何とか答えて、今日の授業を思い出しながらシャーペンで文字を走らす。
 数分のうちに余白を埋め、帰り支度を済ませて施錠をする。
 念の為にちゃんと閉まっているか確認すると、横にいたみのりが手を差し出した。

「鍵と日誌なら持っていくよ。これから部活に寄るし、職員室の前も通るから」
「そう? ならお言葉に甘えようかな。ありがとね、じゃまた明日」
「うんっ、バイバイ」

 あたしはみのりとは別方向に歩き出し、そのまま生徒玄関を抜け正門を目指す。
 野球部のグランドを横目に見ながら歩いていると、ふと複数の声が聞こえてきた。
 つられるようにして声の方向に視線を配らす。
 すると、正門横の植え込みの近くに私服姿の人影を視界に捉えた。
 その服の雰囲気にどこか既視感を覚え、自然と足が止まる。
 すると向こうもこちらに気がついたらしく、躊躇なく視線が注がれる。
 その顔は記憶に新しい人物のものだったが学校前で待っている理由に心当たりがなくて、あたしは瞬きを繰り返していた。