恋のパレード

夢と現実の境目 -1-

 しあわせな夢はずっと見ていたい。
 ずっとずっと、続いていればいいのに。
 だけどそんな思いはただの空想で、理想と現実の違いを思い知らされる。
 現実はそんなに甘くないって、分かっていたはずなのに。

        ......

 目が覚め、まどろみが残った体を起こす。
 けれども近くに自分以外の温もりを感じて、あれ、と首をひねる。
 布団をめくると、眠る前に重ねた手が繋がれたままだった。
 ぼんやりとした意識の中で昨夜の記憶を思い起こし、ああ、とひとり納得する。
 隣から聞こえるのは、健やかな寝息。
 まだ眠っている先生を起こさないよう、布団をかけ直そうと腕を伸ばす。
 が、横からの長い腕によってそれは阻まれる。
 そしてあろうことか、ぐいっと布団の中に引きずり込まれた。

「っっ?!」

 なになになになに。
 状況が把握できないでいると、視界に飛び込んでくるのは先生の笑顔。

「おはようございます、奈江」
「……お、おはよう、ございます……」

 淀みなく告げる声に、とっくに起きていたのだと悟る。
 すっきりと澄んだ瞳には、あたしの動揺した姿が映っていて。
 しどろもどろになりながらも尋ねる。

「えっと。あの、どうかしました?」
「……あのとき。あなたを追いかけていれば、と今も後悔しています」
「こう、かい……?」
「すぐ後を追って俺の口から事情を話していれば、奈江を悩ますことはなかったのにって。……こんな俺ですが、許してくれますか?」

 至近距離であるのを忘れてしまうほど、真剣な眼差しに迫られて。
 一瞬、時間が止まったみたいな錯覚に襲われる。
 再び緩やかに動き出した時間の中で、しばらく見つめあう。
 そっと先生の頬に触れると、びくん、と震えが伝わってきた。

「あたしも同じです。……聞くのが怖くなって、あの場から逃げてしまいました。相原さんから理由を聞くまで、先生と会うことが不安で仕方なくて。でも、そんなあたしを先生は優しく包んでくれた。だから、今は一緒にいられるだけで嬉しいです」
「……ありがとうございます」

 先生の吐息がさらに近くなって。
 思わず身を固くしていると、額に口づけが落とされる。
 ぼぼっと顔が沸騰していくのは仕方ないと思う。

「早く、ずっと一緒にいたいですね」
「……っ! ……はい」
「奈江のお見合い相手に選ばれて、俺は幸せ者です」
「……それは此方の台詞ですよ」
「似た者同士は惹かれあう運命にあるんです。だから、俺たちは出会うべくして出会ったんですよ」

 お互いの視線が絡み、体の熱が再燃してしまう。
 きっと今、耳まで真っ赤な気がする。

「ところで、奈江のクラスは文化祭で何をするんですか?」
「あ。模擬喫茶なんですけど、来てくれますか?」
「もちろん。……名残惜しいですけど、時間的にそろそろ準備をした方がいいですね。洗面所をどうぞ。俺は先に着替えていますから」

 お言葉に甘えて、荷物を抱えて洗面所へと向かった。
 蛇口をひねり、両手に水を集める。
 冷水でばしゃばしゃと顔を洗い、側に置いてあったタオルで顔を拭く。
 そうして鏡に映った自分の姿を改めて見やる。
 スリップを着ているから寒くはないが、下着姿には変わりはないわけで。
 昨晩は先生に全部を見られたんだと思うと、どうしたって鼓動が早くなる。
 男の人に体を委ねることは、初めての経験で。

(子供っぽいとか思われてたらどうしよう……)

 とはいえ、まじまじと自分の姿を見ることもあまりなくて。
 ついつい鏡を覗き込んでしまっていた。
 自分では分かりづらい位置にある黒子を見つけるたび、驚きを繰り返す。
 そうしてふと、鏡に映り込む自分の顔が緩くなっているのに気づく。
 先生と一つになれたことはやっぱり嬉しい。
 いつか好きな人と思い描いていたことがこうして現実になり、自然と頬が緩んでしまう。
 制服に腕を通し、髪を櫛で梳きながら鏡で入念にチェックする。
 居間に戻ると、先生は目を瞬かせて驚いていた。

「制服姿とは思いませんでした。用意がいいですね。……さ、朝ごはんをどうぞ」

 食卓には食パン、それにスクランブルエッグとウインナーのお皿が並べられていた。
 椅子を引いて、手を合わせてから朝食にありつく。
 同じようにご飯を食べている先生を横目でちらりと観察する。
 スーツ姿になると、どうしても『先生』という印象が強くなる。
 自分が制服姿というのもあるけど、何となく見えない境界線が引かれた気がする。
 けれども、昨日と違うのは昨晩の体に刻み込まれた安心感だった。

「制服は必要ないかもと思ったんですが、一応持ってきたんです。……先生に拒まれたらどうしようって不安もあったんですけど」
「じゃあ、信じてくれた感謝に、俺からのささやかなプレゼントです」
「? 何ですか?」
「どうぞ」

 先生はあたしの右手を取って、何かを手のひらを乗せた。
 金属の感触に不思議に思いつつ、それを目の高さまで持ち上げる。

「え? 鍵……ってことは」
「うちの合鍵です」
「いいんですか? 本当にあたしが貰っても」
「婚約者ですし、俺が単に持っていて欲しかっただけですから。奈江さえ良ければ」

 目の前にはいつものにこやかな顔。
 しばらく見つめあってから、鍵を両手で握り締めて頭を下げた。

「ありがとうございます……っ」

 顔を上げると、見計らったように羽のようなキスが降りてきた。