恋のパレード

夢と現実の境目 -2-

 当然の如く、二人仲良く登校、とはいかなくて。
 近くの駅まで送ってもらい、あたしは電車で学校に向かっていた。
 がたんごとん、と規則的な音に揺られる中、鞄の内ポケットの中を確認する。
 そこには、今朝渡されたばかりの無機質な金属が入っていて。

「鍵……貰っちゃった」

 そっと鍵に触れ、その存在を肌で確かめる。
 思い浮かぶのは先生の優しい顔。
 本当は一緒に行けたらいいのですが、と言われたら何も言い返せなくて、あたしは曖昧に笑いながら車を降りた。
 先生の車はすぐ発進して、あっという間に視界から消えてしまったけれど。
 昨夜のことを思い出すだけで、寂しさは薄らいでいく。
 とめどなく溢れるのは、好きという気持ちで。

(本当に、いつの間にこんなに好きになっていたんだろう……)

 お見合いから一ヶ月も経っていないのに、会うたびに惹かれている自分がいて。
 大丈夫かなと心配してしまうほど、気持ちは大きくなるばかり。
 先生のことを考えるだけで一喜一憂してしまう。
 これほど心が揺り動かされる相手は初めてで。
 しかし、幸せだと実感すればするほど、気がかりなことがある。

 それは、あたしたちが教師と生徒であること。

 このまま結婚しても、卒業するまではこの関係は変わらない。
 学校ではあくまで生徒のひとりでしかない。
 いくら先生しか見えなくなっても、その一線は越えることはできない。
 だからこそ、心配事はどうしたって増えていく。
 生徒同士であれば周りに打ち明けられることも、教師と生徒では叶わない。
 先生に限って他の女性に目がいくとは思えないけれど、可能性はゼロではないわけで。
 当然、校内には可愛い女子生徒も多くいるし、生徒に限らず独身の美人教師もいる。
 もしかすれば、先生が迫られる危険性だって十二分にある。

(……心配になってきたわ)

 学校までの道のりを悶々としながら歩く。
 妄想は膨らむばかりで、廊下を歩く足取りも重くなる。
 が、騒がしい足音が後ろから聞こえてきて。
 バタバタと迫ってくる音に振り返れば、そこには見知った姿があった。
 常と違うのは、みのりの顔が切羽詰まった様子だってことかしら。
 ……などと分析していたのかがいけなかったのか、完全不意打ちなる体当たりを決められて、不覚にも体勢を崩した。

「常盤ちゃんっ、聞いたよー?!」

 突然抱きついてきたみのりによって、危うく尻餅をつくところだった。
 タックルをかましてきた彼女の腕によって助けられたものの、驚きは隠せない。
 よろよろと起き上がり、ひとまず息を整える。

「……何を聞いたっていうの?」
「隠さなくたっていいのに! 朝比奈くんと付き合うことになったんだって?!」
「はあっ?」

 聞き間違いでしょう、というよりそうじゃないと困る発言に口をあんぐりと開けた。

(一体どこをどう拡大解釈すれば、そんな根も葉もない噂が出てくるのよ?!)

 だけど、目の前の顔は至って真剣そのもの。
 ここはとりあえず否定しておかねばいけない、そんな雰囲気だった。

「誰も付き合ってなんか……」
「だって僕、先輩の彼氏候補に立候補しましたもん」
「なっ……?!」

 割り込んできた声に振り返ると、朝比奈くんが涼しい顔で立っていて。
 あたしたちの視線を受けとめる後輩は楽しそうに話しだす。

「うそうそ、冗談ですって。そんなに怒らないでくださいよ。フォークダンスのパートナーの件で、そんな噂が流れているみたいですけど。僕たちはお互いパートナー探しに苦戦していた仲ってだけですよ。だから堤先輩も落ち着いてください」
「落ち着けって、普通落ち着いていられないと思う。ていうか絶対にそう!」

 どうどう、とみのりをなだめる姿は手慣れていた。
 自分の知らない仲のいい関係に、ちょっとだけ疎外感を覚えてしまう。
 と、不意に朝比奈くんがあたしに意味ありげな視線を寄越す。

「あーまぁ、僕は噂通りになっても構いませんけどね? 先輩さえよければ、ですが」

 そう言って向けられた笑顔は、明らかにあたしの反応を楽しむものだった。
 だが、返事をするより前にみのりが口を挟む。

「うちの後輩、腹黒いから苦労するよ。だから絶対、おすすめしない」
「えー。堤先輩ってば、そんな感想持ってたんですか。意外だなあ」
「何が意外なのよ?」
「てっきり堤先輩は僕と同じ気質だと思っていたんですけど、違っていたんですか?」
「……なんですってぇ? 朝比奈くんと誰が一緒だっていうのよ?」

 みのりは珍しく語尾を強めて言い返す。
 けれども、朝比奈くんは楽しそうに笑っているだけだった。
 とりあえず、あたしはみのりを落ち着かすことにした。

「まぁ、みのりも落ち着いてよ。仮にも先輩なんだから」
「うー……うん、そうだね。分かった」
「朝比奈くんもみのりで遊ばないでよ、つつきやすくて楽しいのでしょうけど」

 目を細めて言うと、柔らかな笑みでかわされた。

「そうですね。今日はこの辺にしておきます」
「はいはい。そうしておいて」
「じゃあ予鈴も鳴りますから、僕はそろそろ」

 踵を返す朝比奈くんを見送り、みのりと一緒に教室の中へ入る。

「いつもあんな感じなの?」
「……そうだよ。私の前だと猫被ってる時とは大違い」
「それは信頼してるとか、そういうことなんじゃないの?」
「違う違う。単なる憂さ晴らしよ。絶対ワザと私の癇に障る言葉を選んでるもん」
「ま、まあでも年下なんだし、少しは大目に見てあげたら?」
「いいところもあるけど、基本は生意気なのよ……」

 うな垂れたみのりにフォローを入れるべきか、迷っているうちに本鈴が鳴りだす。
 あたしたちは急いで自分の席についた。
 まもなくしてガラリとドアが開き、担任が入ってくる。
 伝達事項の申し送りがあり、朝のSHRがいつも通りに進んでいく。
 けれども、あたしは上の空で聞き流していた。
 朝比奈くんの意味深な笑顔が忘れられず、昨日話そうと思っていた言い訳がぐるぐると頭を巡っていた。

(まだ伝えていない。電話に出れなかった、理由……)

 正直に話しても、先生は離れてしまわないだろうか。
 さっきまであった絶対の安心感が脆く崩れていくのを感じていた。