恋のパレード

夢と現実の境目 -3-

 お泊まりをしてから早一週間。
 相変わらず先生は放課後も忙しくしており、会えない日々が続いていた。
 勇気を出して送ったメールの返事も一日遅れ、ということもしばしば。
 これが社会人と付き合うことなのかと思うと寂しくなる。
 みのりとのメールはチャットのようにタイムリーにしているだけに、時間の感覚の違いを突きつけられているようだった。
 高校生の常識が通じない相手だっていうのは分かっていたはずなのに。
 返信がこない夜は、いつ着信があるかと思うとなかなか寝つけない。
 自分だけメールの受信に一喜一憂しているんじゃ、と考えると惨めになってくる。
 きっと、彼にとってメールはただの連絡手段に過ぎない。
 それをいい加減、理解しないといけないと頭では分かっているのだけど。
 つい受信メールが来ていないか、暇さえあればチェックしてしまう自分がいた。

「常盤ちゃん! これから準備室に行くんだけど、一緒にどうかな?」

 みのりを見ると複数のテキストを両腕に抱きかかえていた。
 ケータイを鞄に仕舞って、椅子から立ち上がる。

「いいけど……どこ行くの?」
「英語準備室。ちょっとね、分からないところがあるんだ」

 昼休憩は二十分残っているから時間的にはまだまだ余裕はある。
 そのまま廊下に出て、階段を降りて一階を目指す。

「それにしても、みのりも真面目ねー。試験までまだ日があるのに」
「違う違う、私が聞くのはこっち」

 そう言いながら見せてくれたのは英検の問題集だった。
 英語の成績がいい彼女がわざわざ聞きに行くのも得心が行く。
 授業でやっていないところも出題範囲だって前に言っていた気がする。

「失礼しまーす」

 が、しばらく待てども室内から返事は来なかった。
 あたしはみのりと顔を合わせて、おそるおそるドアを開けた。
 静まり返った部屋には、椅子に座ったままうたた寝をしている日下部先生の姿があった。
 他の先生は全員出払っているらしい。
 ぴったりと閉じられている先生の瞼はあたしたちの足音でゆっくりと開かれる。

「お目覚めですか? おはようございます」
「堤さんに……常盤さん……?」
「そうでーす。先生の寝顔、しっかり見ちゃいました」
「これは弁解しても仕方ないようですね」
「お昼寝を邪魔しちゃってすみません。他の先生方はいらっしゃらないんですか?」

 日下部先生はぐるりと部屋を見渡し、ああ、と納得した様子で答える。

「皆さん、所用で出ているのでしばらく帰ってこないと思いますよ。何か急用ですか?」
「ああ、えっと。検定の問題集で分からないところがあって」
「ふむ。それなら僕が見ましょうか。どこです?」
「ちょっと待ってくださいね……」

 みのりがテキストを机に広げ、該当のページをぱらぱらと繰っていく。
 それを待っている間、先生がにこりと話しかけてきた。

「常盤さんも今度の検定、受けるんですか?」
「い、いえ。あたしはただの付き添いなので……」
「そうですか。少し残念ですね。あなたの成績ならぜひ受けてほしいところですが」
「う。考えておきます」
「資格が全てではありませんが、持っておいて損はないと思いますよ」
「……はい」

 程なくしてみのりの質問タイムが始まり、あたしは端から二人のやりとりを聞いていた。
 次回の検定日はいつだったっけ、と頭の隅で考えながら。

        ......

 文化祭の準備の影響で体育館が使えないらしく、体育も久しぶりに外での授業だった。
 多数決によりテニスになったのはいいけれど、試合は当分先だった。
 手持ち無沙汰になったのでコートの外から応援をしているクラスメイトにならい、フェンスに背を預ける。
 暇だと思うと自然と欠伸がでてしまう。

(……昨日はいつの間にか寝ちゃってたのよね)

 先生に送るメールの本文に悩んでいたら、そのまま寝ていたらしい。
 結局、本文は完成しないまま未送信フォルダに残っている。
 何回も文章を直していたせいか、頭がこんがらがって日本語がうまくまとまらないのだ。
 朝比奈くんのことをいざ伝えようと思うと言葉が思いつかない。
 自分の国語力が急激に低下したようで我ながら情けなくもある。

「男子はサッカーなんだね」

 ラリーを終えたみのりがあたしの横にやってきた。
 グラウンドに視線を移すと、ちょうどゴールが決まったところだった。
 男子のハイタッチを見ていると心から楽しんでいる様子が伝わり、少し眩しく見える。

「文化祭、もうすぐだねえ。常盤ちゃん、当日は委員の仕事とかあるの?」
「ううん。当日は模擬店手伝ったら後は自由」
「そっかー。じゃあ、一緒に回れるね」

 クラスでの出し物の準備もおおむね順調だ。
 みのりが担当である衣装係以外は。
 接客は制服にエプロンでと考えていたのだが、昨日の放課後に急遽方針が変わったのだ。
 隣のクラスが浴衣喫茶で純和風のお茶屋という情報が回ってきたのが事の発端。
 このままだとクラス対抗のアンケートで首位に立てない! とクラス内が一致団結し、店は西洋風の造りで執事とメイドのコスプレに変更となった。
 テーブルは黒のテーブルクロスを敷き、暗幕を借りてシックな雰囲気を出すことで大まかなセッティングは決まったのだが。
 肝心の衣装は一からやり直しになり、当然スケジュールは遅れている。

「それはともかく、衣装は間に合うの?」
「……うーん。結構キツいかな、いや……奥の手を使えば、何とか」
「奥の手って?」
「さすがに放課後だけじゃ難しいから、土日に女子だけで集まればいけるかも」
「ははあ、なるほど」
「採寸は終わってるから、あと追加の買い出しも行かないとねー」
「やることは多いわね。あたしも手伝うから何でも言ってね」
「ありがとー。頼りにしてるよー!」

 審判役のクラスメイトに呼ばれて、あたしはラケットを手に取りコートへ出陣した。

        ......

 それから放課後は文化祭の準備に明け暮れていた。
 担任に車を出してもらって、みのりと数人で衣装の買い出しを済ませ、家庭科の先生にコツを伝授して貰っている間にどっぷりと日は暮れていくのだった。
 その間、鞄に入れていたケータイが静かにメールの着信を告げていた。