恋のパレード

夢と現実の境目 -4-

 先生からの返信に気づいたのは、学校を出てすぐのことだった。
 部活に顔を出さなきゃいけないというみのりとは校舎内で別れ、正門を抜けて何気なくケータイを取り出すと着信ランプが点滅していた。
 急いで確認すると、新着メールの表示があって。
 焦る気持ちを抑えながら受信ボックスを開く。

 会いたいです。

 何度見返してもメールの本文にはその一言だけ。
 彼も同じ気持ちなんだと思うと嬉しさが込みあげてくる。
 だけど朝比奈くんの顔がふと頭をよぎると、気まずい思いに変わってしまう。
 週末はみのりの家に集まって衣装作りをするわけだけど。
 なんとか時間を取って、先生に会いに行けないものかと考える。

(でもやっぱり文化祭の準備が優先、よね……)

 文化祭まで残り一週間。
 できる限り、この週末で進めておかないと間に合わない。
 総務委員としてクラスの準備には積極的に参加しないといけないし。
 自分の責務も分かってはいるけれど。
 その日は葛藤する心を持て余しながら帰路に着いた。

        ......

 翌日の土曜日。
 あたしは待ち合わせに指定された駅の改札口前にいた。

「あ、常盤ちゃーん! こっちだよー」

 声のする方向へ視線を配らせると、みのりが手を振って合図してくれていた。
 彼女の周りには数人の女子の姿。
 どうやら既にクラスメイトは集合しているようだった。
 小走りで向かうと、衣装係の織部さんと小清水さん、そして助っ人に来てくれた最上さんの三人が振り返る。

「お待たせしてごめんなさい」
「おはよー。なんか大人っぽいね。常盤さんの服」
「ねー。避暑地のお嬢様って感じ?」
「かもかも!」

 言われて自分の服を見下ろす。
 生成りのレースが首もとにあしらった白のブラウスに、ベージュのフレアースカート。
 紫外線対策に鍔が長い白の帽子を被ってきたが、皆はそんなことはなくて。
 強いて挙げるなら、最上さんが黒の日傘を持っているぐらいだった。

(それにしても……なんだか新鮮)

 初めて見るクラスメイトの私服姿は、制服とは印象がまるっきり異なる。
 ジーンズやスカートと色々だけど、それぞれ遊び心があって。
 改めて自分とは雰囲気が違うことにショックを受けてしまう。

「じゃ、ちょっと歩くけど。早速うちに行こっか!」

 みのりがそう声をかけ、皆が一斉に頷く。
 駅から緩やかな長い坂道をダラダラ喋りながら歩いていった。

「考えたら、みのりの家に行くのって初めてなのよね」
「そういえばそうだね。私も常盤ちゃん家に行ったことないし」
「ごめんね、うちが門限やら色々厳しいばかりに。……でも、こんなに大人数で休日に押しかけて大丈夫なの?」
「うん、平気だよ。今日はお姉ちゃんがいるけど、両親は仕事でいないし」
「そうなんだ……」

 思い返せば、我が家も似たようなものだ。
 父親は出張が多くて家にいることは少ないし、デザイナー業で残業が多い母親も然りだ。
 だから家族が揃う日はかなり貴重だったりする。
 坂道をのぼりきると、すぐにみのりの家は見えてきた。

「あの赤い屋根がうちだよ」

 みのりが指差す方向には、白壁に赤い屋根の一軒家があった。
 緩いカーブの低い塀は圧迫感を与えないように菱形にくり抜かれており、植えられている植栽はどれも丈が短い。ゲートに続くレンガの石張りは明るい色で、アンティーク調のポストや表札が可愛らしい。

「ただいまー、お姉ちゃん」
「おかえりなさい」

 玄関のドアを開けて、出迎えてくれたのは茶髪のロングストレートの女性。
 緊張感をほぐすような笑みはみのりと似たものがある。

「姉の真央梨です。妹がいつもお世話になってます。さ、上がって上がって」
「初めまして」
「お邪魔しまーす」

 みのりの先導で階段を上り、突き当たりの部屋へと入る。
 ピンクを基調した部屋には至るところにぬいぐるみが置かれていた。

「わー可愛い。これ欲しい!」

 ひと際大きいテディベアを指差し、小清水さんが歓声を上げる。

「言っとくけど、あげないよ? その子は特別なんだから」
「ぶー」
「ほらほら、ふくれてないで。今日は文化祭の準備のために来たんだから」

 織部さんが拗ねた小清水さんの頭を撫でながら言う。
 丸形のテーブルに集まり、それぞれ腰を下ろす。
 みのりが学校から持ち帰ってきた布を机に広げ、執事とメイドのラフ画を横に添える。

「えーと。じゃあ、とりあえず何から始めようか?」
「その前にちょっといい?」

 話を遮ったのは最上さんだった。
 学校ではノーメイクだけど、今日はバッチリ化粧で顔を作っているから別人に見える。

「実は私、イベントでの服を自分で作ってて。こういうの得意なの」
「へーそれは頼もしいね! なら、じゃんじゃん仕切っちゃって!」

 みのりが賛同する横で、あたしはひとり首を傾げた。

「イベントって何の?」
「んーとね。説明するより見て貰った方が早いかな。ちょっと待ってて、写メあるから」

 最上さんは鞄をごそごそと探ってケータイを取り出す。
 それから、はい、と画面を向けられたので覗きこむ。
 液晶に映ったのは漫画やアニメの世界の住人と思しき人物の写真だった。
 髪の色だけでなく、目の色も違う。
 そして何より目を引くのは奇抜な衣装。
 アングルやポーズも最早素人には見えない。

「つい最近撮った写真なんだけどね、一番写りがいいやつがこれ」
「え、これって……最上さん?!」
「そうそう」
「べ、別人みたい……」
「化粧もしてるしね。仕草とかキャラになりきるのが醍醐味っていうか。実際にイベント会場に行ったら、もっとすごい人がいっぱいいるよ」

 まだまだ世界が広いことに思わず感心してしまう。

「まぁ、そんな訳で型紙は私が描くから。できたやつから裁断してもらっていい?」
「了解」
「幸いエプロンはもうでてきているし。家に余ってたレース生地も持ってきたから可愛いの作るわよ」
「じゃあ、それができるまでカチューシャ作っちゃおうよ。百均で買ったやつだけど、フリルつけたらそれっぽくない?」
「あ! いいね。それ」
「じゃあ、私はお茶持ってくるねー」

 席を立ったみのりを見送ると、織部さんは思い出したように言った。

「そういえばさー。常盤さんって難波くんとはどうなの?」
「あ、それ私も気になってた。二人とも総務委員ってのもあるけど、結構仲いいよね?」

 便乗した小清水さんともども喜々とした顔で詰め寄られて。
 興味津々といった瞳にたじろぐ。

「……難波くんはただのクラスメイトだよ。生徒会に入ってるから委員会の知らせとか、教えてもらってるだけ」
「なーんだ、残念。文化祭前にまたカップルが成立するのかと期待していたのに」
「織部ちゃんはすぐ誰かをくっつけたがるんだから」
「あ、バレた? だって人の恋バナを聞くのって楽しいんだもん」

 作業の手を休めることなくツッコミを入れた最上さんに、織部さんは舌を出した。
 とそこへ、席を外していたみのりが戻ってきた。

「お茶とお菓子、ここに置いとくから好きに飲んでね」
「ありがとー」
「一杯いただくわ」
「あと、常盤ちゃん。ちょっと机を運ぶのを手伝ってもらっていい?」
「うん」

 みのりの後をついて部屋を出る。
 一階の和室に置いてあった炬燵机をふたりで運び、その次はミシンを部屋に持っていく。
 チャコペーパーでしるしをつけていた最上さんが顔を上げ、感嘆の声をあげる。

「へーミシンが二つもあるんだ!」
「うん。ひとつはおばあちゃんのお古だけど」
「これなら作業がだいぶ捗るわ。よーし、私の本気を見せるときね」
「お。最上っちの本気モードが発動したね」

 横から織部さんが感心したように言う。
 先ほどの宣言通り、最上さんはテキパキと指示を出していく。
 あたしも例に漏れず仕事を与えられて早速とりかかった。

「ねえ、最上さん。これってどう使うの?」

 指示されたものができあがったものの、用途が分からなかった。
 あたしの疑問に最上さんはああ、と頷いた。

「百聞は一見に如かずって言うしね。ちょっと堤さん、来てもらっていい?」
「はーい」

 最上さんはみのりの正面に回り込んで、首筋にそれをかける。
 左右から垂らした紐を結び、リボンを作る。

「ふっふっふ。クラシカルなメイド服もいいけど、こっちもいいと思うのよ」
「なるほど。取り外しができる付け襟かぁ」
「いいんじゃない? これなら作業時間も短縮できそうだし。何より可愛いし」
「うん、あたしもそう思う」

 これなら使う布も手間も少なくなるし、何より効率的だ。
 そうして、再びそれぞれ分担して集中して作業にあたる。
 ミシンに向かう最上さんは怒濤の如く、作業をフルスピードでこなしていく。
 しかも、仕上がったものは店にあるような職人さながらの出来映えで。
 感心を通り越して尊敬の念すら抱いてしまう。

「わー!! 結構進んだね、これなら来週の放課後だけでも充分間に合うんじゃない?!」
「だよねだよねっ。皆、頑張ったもん」
「つーかーれーたー。甘いもの食べたーい!」

 小清水さんの叫びに呼応するように、コンコンとノックする音が聞こえる。
 部屋に入ってきたのは、お盆にサンドイッチとシフォンケーキを載せたお姉さんだった。

「差し入れよー」
「なんてナイスタイミング! ありがとうございます、お姉様!」
「ふふふ。皆、お疲れ様」

 作業も一段落したことで、これまで疲れを癒すように女の子同士の会話に花を咲かせる。
 あたしは普段それほど話さなかったクラスメイトと打ち解けることができ、ひっそりとみのりに感謝した。
 日が暮れる時間になり、予想を上回る成果を労いながら解散した。

        ......

 夕方、家に帰宅するとリビングにはティータイムを楽しむ母親の姿があった。
 その隣に佇んでいる奧埜は遠くから静かに目礼する。
 休日にひとりでの外出はもってのほか、と公言していた母親はあたしが先生とのお見合い話を受けてからというもの、見事に態度を翻した。
 今ではすっかり、その厳しい言いつけは緩んで。
 帰宅時間さえ前もって伝えておけば、大抵のことは許されるようになった。

「おかえりなさい、奈江ちゃん」
「お母様? こんな時間にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「あら。だって今日は早くに帰ってきて、って言っておいたじゃない」
「……それはそうですが」

 今夜は家族で夕食を摂るために六時には帰るように、と朝に奧埜から伝え聞いていた。
 けれども、急に入った仕事やらで約束が反故になることは多々あり、正直それほど信用していなかった。

「良仁さんはもうすぐ帰宅されるわ。ところで、最近の学校生活は順調?」
「そうですね。文化祭が迫っているので、それなりに忙しいですけれど」
「まあ! そんな時期なのね。……懐かしいわねぇ。私にも色々と思い出があるわ。ダンスパーティーのために頑張って練習したりとか」
「練習、ですか」
「そうそう。ステップについていけなくて本当に苦労したわ」

 大げさに溜め息をつく母親を一瞥し、きっと言葉通り『苦労』したのだろう。
 仕事での顔は知らないが、基本的には家ではフワフワとした物言いで少々抜けている。
 そのくせ、胸の内ではとんでもない計画を練っているから油断ならない。

「……奥様。旦那様がお戻りになられました」
「あらそう。奧埜、いつものお店は予約してあるわね?」
「はい。三名での会食を予約しております」
「結構。では奈江ちゃん、行きましょうか」

 場所を変えて料亭の一室。
 両親が贔屓にしている昔なじみの店だ。
 全体的に薄味で季節の彩りで華やかな盛りつけが好みでもある。
 和やかな食事を楽しんでいると、お父様がふと箸を置き、感慨深げに呟いた。

「明日は結納も控えているし、話が順調に進んで本当に嬉しく思う」
「……はい? ……今、なんと?」
「明日の朝から、奈江の結納が執り行われるだろう?」

 改めて説明されて目を見開く。
 その反応を見てお父様は訝って尋ねる。

「もしかしなくとも、聞いていなかったのか?」
「あらーつい、うっかりー」

 父親と娘からの視線を集めた母親はのほほんと答える。
 その表情からは、とても申し訳なさは微塵も感じられない。
 頬がひきつるのを感じつつ、声を低くして詰問するように問いつめる。

「…………お母様。どういうことですか?」
「やーね。女の子がそんな怖い顔をするものじゃないわ。結婚を控えている男女が結納をするのは当然でしょう」
「あたしは何も聞いていませんけれど……?」
「それはほら、今聞いた通りよ。大丈夫、今回はホテルで行う略式のものだし」

 あっけらかんとした返事に開いた口が塞がらなかった。