恋のパレード

夢と現実の境目 -5-

「あぁもう。……まったくどうして、いつも娘に断りもなしに話を進めてくるのかしら?!」

 あたしが憤りを抑えきれない今はというと。
 高速道路を走行している自家用車の中だったりする。
 昨晩に知らされた『ある目的』のために会場のホテルへと向かっているのだが。
 両親は別件で先に家を出ており、現地で合流する手はずになっている。
 そのため、不満をぶつける先は見つからず、こうして愚痴を盛大に吐き出すことで鬱憤を晴らすことしかできなかった。

「だいたい結納っていうのは、仲人を立てて両家を行き来するのが正式なんでしょう? 最近は略式が多いからと言ったって、ちょっと簡略化し過ぎてるんじゃないの?」
「奈江お嬢様は伝統を重んじていらっしゃったのですね。ご立派です」

 横に控えていた執事から口を挟まれ、頭を抱えたくなった。

(そういうこと言ってるんじゃないんだけど……)

 口を噤んだあたしを見て、我が家のクール執事は結納の流れを説明し始めた。
 もちろん教えてくれるのは助かるけど、正直あまり頭に入ってこない。
 昨夜、家に帰ってから先生に結納についてメールで聞いてみたところ、当然のように知っていたという旨の文章が返って来た。
 あたしだけ知らなかったとは言えず、ですよね、と取り繕って返信したものの。

(こんな大事なこと、もっと早くに教えてほしかった……)

 怒りの矛先は『ついうっかり』伝え忘れたと言っていた母親へ。
 あれはきっと、いえ絶対に、確信犯に違いない。
 思い返せば、母親はいつも大事なことを直前に教えることが多い。
 しかも、聞けば新婦側から婚約者へと渡す贈り物も既に用意しているらしく。
 いくら形式通りの行事とはいえ、先生に渡すものぐらい自分で決めたかった。
 奧埜の平淡な口調に時折相槌を打ちながら、溜め息を零さずにはいられなかった。

        ......

 両親と合流後、案内されたお店は純白を基調としたシックなデザインの個室だった。
 だが、そこには既に先客がいた。
 礼服の黒スーツに身を包んだ先生と仲人役の人、そして知らない男性。
 彼はこちらに気がつくとスッと立ち上がり、一礼した。

「はじめまして。彬の父の日下部環(くさかべ・たまき)です」

 気さくな笑みを向けられ、ドキッとしてしまう。
 年齢的にはだいぶ上のはずだが、先生の兄弟と見間違うほど若々しい。

「……お初にお目にかかります。常盤奈江と申します」
「お会いするのが遅くなって申し訳ない。良仁さんも久しぶりですね」
「ええ。本日はよろしくお願いいたします」

 そうして、全員が自分の場所へと着席する。
 仲人役の人が頭を下げ、一同が深く礼をするのに慌てて倣う。

「本日はお日柄もよく、このたびは日下部彬様と常盤奈江様のご良縁が相整いまして、誠におめでとうございます。未熟ではございますが、ご両家の良縁の仲立ちをさせて頂きます」

 先生のお父様が仲人の人に広蓋に載せた目録を差し出す。

「ご婚約の印として日下部家から結納の品を持参いたしました。幾久しくお納めください」

 仲人から渡された目録を父親が確認し、母親を経て自分の元へと来る。
 見慣れない書式にジッと見入っていると不意に先生が立ち上がる。
 結納品として目の前に置かれた箱を開け、中の指輪を手にした。
 硬直したままのあたしが座る椅子の前にひざまずき、左手をそっと持ち上げられる。
 両家が見守る緊張感に包まれながら薬指に婚約指輪が収まっていく。
 プラチナの指輪は指にぴったりフィットするウェーブラインが上品で、ハートの形にカットされたダイヤモンドに寄り添うように桃色の宝石がついていた。
 しばらく惚けていると、先生がジッと見つめているのに遅れて気づく。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ」

 先生はふわりと微笑むと、すぐに自分の席へ戻った。
 それを見計らったように父親がお礼の口上を述べる。

「大変結構な品々をありがとうございます。幾久しくお受けいたします。こちらが受書と結納のお返しの品でございます。どうぞお納めください」
「かしこまりました。ご結納のお品、確かにお預かりいたします」
「……結構な結納のお品をいただき、ありがとうございました。受書も確認いたしました。幾久しくお受けいたします」
「これより、滞りなくお二人の婚約が成立いたしました。おめでとうございます」
「お仲人の雨宮様、誠にありがとうございました。また、常盤家の皆様におかれましては、幾久しくよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 義父様と父親が挨拶を交わし、無事に結納が終わったことを告げる。
 先生が向き直り、お礼を述べた。

「本日はお忙しい中を、私たちのためにご足労を賜りましてありがとうございました。未熟な私たちですが、これからもご指導の程よろしくお願い申し上げます」
「それではささやかですがお祝いの席を用意しておりますので、雨宮様もこちらへどうぞ」

 父親がそう促し、下座にいた仲人役の人は上座へと移動する。
 それから両家の食事会は始まり、コース料理は贅沢の限りを尽くしたものだった。
 結納の儀が終わったとはいえ、まだまだ気が抜けない状況の中。
 たびたび環さんから気さくに話しかけられ、会話にも神経を使った。
 やがて会食を終えて一同が席を立ち、これでお開きかとホッと胸を撫でおろす。
 緊張の糸を解して部屋を後にする両親に続こうとしたとき、ふと母親が振り返る。
 なぜか、口元には不敵な笑みを滲ませて。

「それじゃ、奈江ちゃん。私たちは失礼するから、あとは二人で仲良くね」
「……え? ……どちらへ?」

 言葉の足りない母親に父親が補足説明する。

「今夜は部屋を取っておいた。彬くんもゆっくり羽を伸ばすといいだろう」
「ご好意、感謝いたします」

 会話についていけない自分を置き去りにして、話は進んでいく。
 宣言通りに早々と帰っていく両親の背を呆然と見つめていると、先生から声がかかる。

「フロントで鍵を受け取りにいきましょうか」
「……は、はい」

 我に返り、先生の後をついてエレベーターで二階へ降りる。
 ちょっと待っていてください、という彼の言葉に頷き、窓際のソファへ腰を下ろす。
 だけど自分の世界に入る時間もなく、先生が戻ってきた。

「お待たせしました。行きましょうか」

 先導されるまま、先ほど乗ったものとは違うエレベータに乗り込む。

「頬を膨らまして、どうしたんですか?」
「……いえ……お気になさらず……」

 未だ心の葛藤を抱えたまま、あたしは気まずくなって視線を逸らす。
 先生は目的のフロアに着いても、無言のまま前を歩く。
 鍵を開けて中に入ると、迎えたのは細かく区切られた部屋だった。
 想像したよりも広い間取りでベッドルームとリビングルームは独立し、ベージュの色調でナチュラルな雰囲気を醸し出す。
 ピンクベージュのソファと丸みを帯びた家具が可愛らしく、リビングからの眺望もなかなかに見晴らしがいいものだった。

「最上階の部屋に比べたら劣りますが、一応、眺めのいい部屋にして貰いました。気に入って頂けましたか?」
「ええ、この部屋は何だか落ち着けるデザインですよね。温かみがあるというか」
「よかった。無理言ってランクを落としてもらったんです。奈江もこういう方が好きなんじゃないかと思って」

 照れたような笑顔に思わず見惚れてしまう。
 そして、あたしの心を見透かしたような彼の心遣いにトクンと胸が鳴った。