恋のパレード

夢と現実の境目 -7-

 気づいたときには遅かった。
 いつの間にか、先生と見つめあっていた。
 引力に引かれたみたいに視線を逸らすことすら許されなくて。
 吸い込まれるように瞳が釘付けになっていたら、ふっと彼が笑った。
 その瞬間、金縛りみたいに動けなくなっていた体が軽くなった。
 でもすぐに視界に影が落ちる。
 それが先生の前髪だと気づくのは少し後のことで。

「……んん?」

 疑問はあたしの閉じられた唇からこぼれた。
 少しせっかちな口づけはどんどん深くなっていく。
 先生の渇いた唇に溢れた唾液が伝う。
 角度を変えて味わうキスにすっかり翻弄されていって。
 何も考えられないくらいに思考を、咥内を、侵されていく。
 先生の優しいキスは唇から耳へと移り、耳朶を甘噛みした。

「ひゃう?!」

 素っ頓狂な声が洩れ出てしまった。
 おそらく耳まで真っ赤になっているはず。
 だけど、先生はお構いなしに耳へさまざまな試みを続けていた。
 ふっと息を吹きかけたり、耳朶をぺろりと舐めたり、耳の中にまで舌が這ってきたり。
 抗議の声を上げる気力は、残念ながら残っていなくて。
 終始びくびく体を震わし、声を我慢するので精一杯だった。
 しかも、何だかさっきから意識が遠のきそうになっていて。
 このまま意識を手放したら楽になれるだろうか、とチラリと考えてみる。

(――って、だめだめ!)

 襲いかかる誘惑に抗い、必死に耐えた。
 その努力が実ったのだろうか。
 執拗に耳への愛撫を続けていた先生の口唇が首筋を這い、両手が胸の膨らみに寄り添う。
 優しく揉まれているだけなのに、既に昂揚感は頂点に達しかけていて。
 前よりも敏感に反応してしまっていた。

「あぁ……ん、はぁんんっ」

 喘ぎ声に応えるように、今度は鷲掴みにされて揉みしだかれる。
 その間、啄むようなキスが落とされて。
 先生にもっと触れてほしい欲求が勝り、理性の糸はゆるゆると解けていく。
 上着を脱がされ、ワンピースのホックが外される。
 とろんとなった瞳で先生をぼーっと見つめていると、頬を大きな手で包まれた。
 それだけで心泊数は一気に上がり、体温が急上昇していった。
 先生は曝け出された素肌に次々とキスを落としていく。
 鎖骨から胸の谷間へ、そして胸の頂きを口に含む。

「やぁ! ……ぁああッ。……あんっ!」

 先生の舌は片方の胸に移り、同じように愛撫を施す。
 そして解放された乳房へは大きな手が寄り添い、弧を描くように撫でられる。
 かと思えば、指先で赤く尖った部分を弾いたり、摘んだりして。
 その強弱が絶妙過ぎて、声にならない快感が全身に広がっていく。
 ほろ酔い気分に浸っていると、再び唇が重なる。

「んぅ……んん」

 優しいキスにうっとりしている間にも先生の手は休まることはなく。
 スカートをたくしあげられ、彼の長い指が下着をなぞる。
 布越しでもしっかり伝わるであろう、湿った感触。
 それを自覚した途端、羞恥心に火が点き、唐突に飛んでいた理性を取り戻した。
 先生の肩に縋り付くように手を乗せて、たどたどしく言葉を発する。

「シャ、シャワー浴びたい……ですっ」
「…………」
「先生ってば! ……あの、待っ……」
「名残惜しいですが、仕方ありませんね」

 ちゅっと音を立てたキスの後、やっと解放される。
 理性は戻ったものの、まだ頭は痺れたままで。
 先生に手伝ってもらいながら何とか起き上がることに成功する。

「大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫です!」

 精一杯の強がりで言葉を返し、逃げるようにバスルームへと走った。
 早鐘の心臓を落ち着かせようと深呼吸をする。
 そうして、はたと我に返った。
 ドレッシングルームを抜けて辿り着いたバスルームは少々、予想していたものと様子が異なっていた。大理石のバスルームは広く、シャワーブースもガラス張りで独立している。

(先生はランクを落としてもらったって言っていたけど……)

 もっとこじんまりとしたものかと思っていただけに、驚きを隠せない。
 とはいえ、人を待たせている以上、あまり悠長に考えている時間はないわけで。
 手早く服を脱ぎ、少し熱めのシャワーを浴びる。
 いつもより丁寧にボディソープを泡立てて体を洗い、長い髪を時間をかけて洗い流す。
 トリートメントの柑橘系のにおいを漂わせながらシャワーブースを出た。
 肌触りのいいバスローブを羽織り、充実したアメニティのラインナップがふと目に入る。
 鏡を見ながら、化粧水をコットンに染み込ませて顔になじませていく。
 ドライヤーで髪を乾かし終わると、何だかどっと疲れが押し寄せてきた。
 薬指に嵌めた婚約指輪をジッと見つめる。

(結納も無事に終わって次は……結婚式……)

 どんどん現実味を帯びてくる先生との未来。
 本当に彼と夫婦になる日がくるのだと思うと、心拍数が上がっていく。

(夢みたいだけど……、夢じゃないのよね……)

 自分に言い聞かせるようにして、胸を両手でそっと押さえる。
 そして、バスローブを着込んだ自分の姿を鏡に映し出す。
 髪を軽く整えてリビングルームに戻ると、先生は窓の外を眺めていた。
 どう声をかけていいか分からずに突っ立っていると、彼がゆっくりと振り返った。

「おかえりなさい」
「……た、ただいま戻りました」

 乾かしたばかりの髪を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。

「いい匂いですね」
「そ、そうですか?」
「ええ。俺も一浴びしてきますから、奈江はベッドで寛いでいてください」

 先生はそう言い残すと、バスルームへと姿を消した。
 あたしはドレッシングルームを抜け、奥のベッドルームのドアを開ける。
 キングサイズのベッドの両脇にあるライトが優しい光を灯していた。
 ベッドの片隅にそっと腰を下ろす。
 先生がシャワーを浴びる音が聞こえてきて、顔が火照りそうだった。

(だってだって! これから先生と……するわけよね)

 意識するたび、言い様のない緊張感が体を包み込む。
 先生と体を重ね合わせるのは、今日が二度目。
 初めての夜は考える余裕はなくて。
 経験も知識もない自分はただ彼に翻弄されていた。
 だからこそ、飽きられたらどうしようという不安は尽きることがない。
 不安が溜め息となって零れていく。
 そうこうしている間に、先生は浴室から出てきてしまった。

「お待たせしました。……緊張してます?」
「う」
「大丈夫ですよ、怖いことなんてしません。俺を信じてください」
「……はい」

 見透かしたように言われて、ぎこちなく頷く。
 先生のバスローブ姿は大人の艶っぽさが増していて。
 子供っぽい自分が恥ずかしくなって俯く。
 すると、左手を取られて手の甲に口づけが落とされる。
 騎士が忠誠を誓うときのような雰囲気にドキドキしてしまう。
 かと思いきや、不意にぺろりと舐められた。

「……っっ」

 潤んだ瞳に視線が縫いつけられる。
 先生から滲みでる色香にあてられ、喉が鳴る。
 絡め合った瞳は距離が縮まり、先生の長い睫毛が瞼に落ちる。
 目を閉じると、すぐに唇が重なりあう。

「んん……」

 先生のキスはどこまでも甘くて。
 触れた先から電流が迸るように、体が痺れるような感覚に包まれる。
 好きな気持ちがとめどなく溢れてきて。
 長いキスから解放されたのに、なぜか胸が切なくなってしまう。

「そんな瞳で見られると抑えが利かなくなるのですが」
「……え?」

 困ったような顔で呟かれ、言葉を反芻する。
 けれど意味を理解するより早く、やんわりとベッドに押し倒されていた。
 覆い被さる先生の唇があたしの首筋に這う。

「やぁん……っ」

 首から鎖骨にかけて丹念に舐められて、身を捩る。
 しゅるり、とバスローブの紐が解ける音が耳に届く。
 一糸纏わぬ姿を婚約者の前に曝け出すことになり、羞恥心に見舞われた。

「……や、あの。そんなに見ないでください……」
「どうしてですか? こんなに綺麗な肌なのに」

 先生の指があたしの谷間からお腹にかけて、なぞっていく。
 ぞくり、と身震いがした。

「奈江は敏感ですね」

 くすりと先生が笑い、露になった乳房にそっと手を這わせる。
 桃色の頂きを口に含み、舌先で転がす。
 もう片方は大胆に揉みしだかれて、あたしは堪らず声を洩らす。

「……あんっ……ぁ……やぁっ、あ、あ、ああッ」

 萎縮していた体が雪解けのように溶けていく。
 先生の頭が下へと降りていき、両足を開かせて太腿に唇を寄せる。

「きゃあっ……あン……ゃぁぁん」

 足を閉じようと試みるが、先生の力は思いの外強くて。
 秘所へ忍び寄る指先が茂みを掻き分け、充分に潤った場所を侵していく。
 くちゅくちゅ、と淫らな音が鼓膜に響く。

「ぁああ……やっ、はず……かしい……」
「どうして? 俺は嬉しいですよ、こんなに感じてくれて」
「……ぁぁッ……」
「もっと乱れた奈江が見てみたいな」

 囁く声に抗う術など知らなくて。
 溢れ出る愛液を割れ目に塗りたくられ、そこを何度も優しく摩られる。
 内側を責められているわけじゃないのに、意識が飛びそうになる。
 余裕なんて全くないのに、先生は再び胸への愛撫を再開して。

「ぁッ……やぁんっ、……はぁ……ああン、だ、め……っっ!!」

 膝がガクガクと震え出して、あたしは遂に意識を手放した。
 ふと目を覚ますと、先生の逞しい裸体が目に飛び込んできた。

「奈江。……もう我慢できそうにないです」

 申し訳なさそうな声とともに、準備を終えた先生が這入ってくる。
 狭い入り口が強引に押し広げられて、痛みと快感が同時に押し寄せる。
 悲鳴すら出せずに眉根をきつく絞ると、先生が優しく頬を撫でてくれた。

「すみません、痛いですよね……」
「……だ、だい、じょうぶ……です……たぶん」
「ゆっくり慣らしますから。もう少し、力を抜いてください」

 切なげな言葉に頷き、あたしは深呼吸した。
 と、不意に先生自身が深く這入ってくるのが分かり、身を強張らせる。

「やっぱり、まだキツいですね。奈江、大丈夫ですか?」
「……平気、……です」
「辛いなら無理しなくていいんですよ。あなたにそんな顔させたくない」
「……大丈夫、ですから。……せんせ……の、好きなようにしてください……」

 懇願するように伝えると、先生は目を見開いて確認した。

「本当にいいんですか?」
「だって……。一緒に……気持ちよくなりたい、から……」
「後悔しても知りませんよ?」

 先生は優しい声音でそう言うや否や、ゆっくりと抽送を始める。
 けれど、それはすぐに激しいものに変わっていく。
 送り込まれる律動に合わせ、体が上下に揺さぶられる。

「ぁぁっ!やんっ、あン……んぁああッ」
「は……くっ……」
「……や……ぁあッ、はぁんん……もぉ、……らめぇっっ!!」

 時折、苦しそうな先生の呻き声が色っぽくて。
 胸に疼く思いは激しさを増していく一方で。
 まるでチョコのような苦くて甘い時間に身を委ねた。