恋のパレード

夢と現実の境目 -8-

 この気持ちをどう表現していいのか、分からなかった。
 恋心みたいに疼く感情ではなく――もっと淡々しい感情だったから。
 だからこれは恋ではない、と思い込んでいた。

 きっかけは些細なこと。
 授業や休憩時間で彼女の姿を見つけるたび、なぜか心がざわめいた。
 凛とした横顔や透き通るような声に引き寄せられた。
 一方的な、片想いのはずだった。
 報われることのないはずの密やかな恋。
 どうにかなりたいわけじゃない。
 ただ、視界にその姿を見つけるだけで嬉しかった。
 それでも周りの目があるため、思慕の情はひた隠しにしてきた。
 相手は教え子のひとりだと自分に言い聞かせ、気にしないように極力努めた。
 好きだという気持ちを否定し続けてきた。
 彼女が二年になり授業の受け持ちから外れても、それほどショックではなかった。
 この気持ちは『その程度』なんだと結論づけていた。
 しかし、運命の輪は思いがけない形で彼女との関係性を変えてしまった。
 教師と生徒という枠組みを超えて、親同士が決めた結婚相手として。
 まさか、彼女が常盤財閥のご令嬢だとは思ってもみなかった。
 周囲と壁を作ることなく、クラスに溶け込んでいたから。
 自分が今まで思い描いていた『令嬢』と彼女は全く違っていて。
 雰囲気も快活な性格も。

 料亭での顔合わせの際、彼女はひどく驚いた顔をしていた。
 嫌々といった面立ちで部屋に入る姿を見て、自分は拒まれるのだと思った。
 それはそうだろう。
 歳の離れた男との政略結婚なのだから。
 これまでのお見合いはすべて蹴ってきたと祖父から聞いていたが、目の前にいる彼女は驚きの次は敵対心を剥き出しにしていた。
 そのあまりの分かりやすさに内心、苦笑してしまう。
 まだまだ子供の部分があるのだと。
 学校での彼女は、同年代よりは大人びた存在に映っていたから。
 そして話すうちに『教師』という立場を突きつけられ、それを断る口実にしようとしているのが読めた。
 まさか自分が教え子に手を出すことになろうとは、昔は考えもつかなかった。
 けれども、実際にお見合い相手としてやってきた彼女の振り袖姿を見た瞬間、色んな迷いが吹き飛んだ。
 祖父との約束を果たすことよりも、彼女を他の男に取られたくない思いが勝っていた。
 どうすれば彼女に話を受けてもらえるか、頭の中で素早く算段を講じる。
 おそらく、自分のアピールは逆効果だ。
 俺がそうだったのだから。
 同じ立場として分かるからこその、説得方法。
 彼女自身が逃げているだけという事実。
 それを『教師』として突きつける。
 一瞬の間を置いて彼女が折れ、内心ホッとした。
 少なくとも、お試し期間中は自分にもチャンスがあるのだから。

 まずは、毎日のように彼女に家に通った。
 授業をはじめ、学校での接点がなくなってしまったからだ。
 幸いにして彼女はすんなりと応じてくれた。
 俺の家に招き、夕飯を一緒にする。
 それは未来の結婚生活がどんな感じかを、暗に教える意味も含んでいた。
 一か八かの賭けだった。
 普通のお嬢様なら、間違いなく『はい、サヨナラ』だったと思う。
 でも――彼女は違った。
 見込み通り、庶民的な感覚は俺と同じもので。
 家庭料理も満足している様子だったし、徐々に打ち解けてくれていた。
 心に芽生えてしまった期待。
 自分の中で、それが輪を掛けて大きくなっていくのが分かった。

(好きになってもらえるかもしれない……)

 これまでは、自分が見つめるだけだった。
 視界に偶然入るだけで満足だった。
 それが一変し、彼女から自分の姿を探してくれるようになった。
 微笑みかければ、照れながらも笑顔を返してくれる。
 その変化が純粋に嬉しかった。
 まるで初恋のように気持ちが高揚し、心拍数も穏やかではなかった。
 彼女への思いは募る一方で。
 どう接していいのか、冷静に考えられなくなっていた。

(彼女には嫌われたくない……)

 はじめは素直になれなかった。
 秘めていた恋情の相手が婚約者となって。
 嬉しいと感じるよりも、驚きと戸惑いの方が強かった。
 今まで抱いていた恋情を打ち明けるつもりは毛頭なかった。
 結果的に教える羽目になってしまったが、あの日から彼女の様子が変わり出して。
 俺を教師としてではなく、男として意識してくれるようになった。
 そのことに、どれだけ嬉しいと感じていたか、彼女は知らないだろう。
 でも、それでいいと思う。
 今こうしてそばにいられるのだから。
 柔らかな髪を撫で、婚約者の寝顔を見つめる。
 すると、身じろぎした後、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。

「……っ……」
「お目覚めですか。よっぽどお疲れだったんですね」
「……ここは……?」
「ホテルですよ。結納が終わってから部屋に移動して、そのまま寝ちゃったようです」
「あ。……そうでした」
「起きられますか? ルームサービスを頼んでおいたので、食べませんか?」

 寝ぼけ眼だった奈江は目を瞬かせ、こくりと頷いた。

「じゃあ、俺はあっちに行ってますから」
「え……?」
「ほら、着替えとか」
「……っっ!」

 俺が指摘した意味が分かったらしく、奈江の頬が瞬時に朱色に染まった。
 その微笑ましい姿を見届け、寝室を後にした。
 先ほどテーブルに並べてもらったディナーを一瞥し、窓際へ寄る。
 まもなくして、寝室からひたひたと足音が聞こえてきた。
 ゆっくり振り返ると、バスローブを着込んだ奈江がぽつりと呟く。

「もうこんなに暗くなっていたんですね」
「ええ。夜景が綺麗ですよ」
「……あ、本当。一面きらきらして、星屑が散らばっているみたい」
「ですね。さ、冷めないうちに食べちゃいましょう」

 椅子を引き、彼女を座らせてから自分も着席する。

「ルームサービスってこんなに豪華なものなんですか?」

 奈江の質問に、俺は苦笑した。
 並べられた料理は前菜からメインまで揃ったコース料理だった。

「お昼よりは軽めをお願いしたんですが。おまかせコースにしたせいでしょうか」
「いえ、あの。不満とかじゃなくて……先生のご飯が恋しいなって」
「嬉しいことを言ってくれますね」

 素直な感想を口にすると、照れたように視線が逸らされる。
 それから遅くなったディナーに舌鼓を打ち、グラスを傾ける。
 奈江はいつもと同じように、ひとつひとつ風味や組み合わせなどの感想を口にしながら美味しそうに食べていた。
 その姿を微笑ましく見ながら、フィレステーキを口に運ぶ。
 デザートまで食べ終え、フロントに電話して食器を片づけてもらってから、バルコニーにいた奈江の元へ向かう。

「あ、先生」
「寒くないですか?」
「大丈夫です。今日は風も強くないですし」

 紺碧の夜空の下。
 眼下には目を奪われるほどの夜景が広がっていた。
 夜風が心地よく、目を閉じる。
 涼しい風が温かくなった体を優しく包みこんでいく。
 ふと目を開けると、不思議そうに見上げる奈江の顔が飛び込んできた。

「どうかしましたか?」
「……えっ、あ、えっと。なんでもないです!」

 明らかに挙動不審な婚約者に、きょとんとしてしまう。
 けれど、しばらく待っても彼女から理由を口にする気配はない。
 仕方なしに頭を切り替え、奈江の左手をそっと掴む。
 薬指を指でなぞり、昨日まではなかった存在感を放つ金属に触れる。

「……っっ」

 身をすくませた奈江を上目遣いで見上げると、掴んだままの手にも緊張が伝わる。
 すぐに手を引っ込めようとしたため、やんわりとそれを阻む。
 簡単には逃げられないと分かったのか、彼女が小さく息をつく。

「……この指輪」

 俺の呟きに、奈江が首を傾げる。

「実は双子ダイヤモンドにも惹かれて迷ったんですが、奈江にはこっちの方が似合うかなと思いまして」
「……このピンクの石ですか?」
「はい。祝福のピンクダイヤモンドというそうです」

 店員から聞いた話を思い出しながら言うと、奈江は顔を綻ばす。
 はにかんだような笑顔を向けられ、心が掴まれるような錯覚を覚える。

「とても可愛いです。選んでくださり、ありがとうございます」
「喜んで貰えて何よりです」
「あの、それで……双子ダイヤというのは?」
「ひとつの原石からカットされた2粒のダイヤモンドだとか。本来は別々の手に渡るのですが、ペアのまま管理されたものを互いの指輪に嵌めるのが最近は流行っているようです。双子のように生まれたダイヤを永遠の象徴として、マリッジリングとして贈るらしいですよ」
「素敵な話ですね」
「ええ」

 屈んでいた体を起こし、奈江を後ろから抱きしめる。
 先ほどの緊張はすっかり和らいだのか、全身を自分に預けてくれる。
 そのことが嬉しくて耳元へ囁かずにはいられない。

「声は我慢してくださいね」
「え?」

 首筋へ唇を寄せ、バスローブの紐を解く。
 服の上から胸の膨らみを揉みしだくと、すぐさま甘い吐息が洩れる。
 片方の肩口を露にさせ、舌を這わせていく。
 びくりと僅かに振動が伝わってきたが、構わずに服をはだけさせる。
 艶やかな素肌に手を滑らせ、柔らかな膨らみの頂きを摘む。
 途端、体を捻って反応する奈江。
 彼女の顎を掴み、横へと向かせる。
 そして驚いた瞳に微笑みかけ、そのまま唇を奪う。

「……んっ……んぅ」

 苦しげな声が更に煽るだけの結果になることに、彼女はまだ気付いていない。
 唾液を絡ませ、しっかりと味わう。
 これまで我慢してきた日々を埋めるように。
 長い口づけから解放すると、濡れそぼった瞳が俺の姿を映し出していた。
 その様子に、少しの後悔が胸をかすめる。

(やはり、あのとき抱くべきではなかった)

 昔の自分を叱咤するが、既に知ってしまった彼女の熱を忘れられるはずもない。
 一度、味わってしまえば欲は募るばかりで。
 後ろから奈江の弱い箇所を責め、必死に抑えようとする声が否応なく聞こえてくる。
 理性の糸がゆるゆると解けていくのに抗う術はなく。
 左胸への愛撫を続けながらも、秘所へと指を忍ばせた。
 茂みを掻き分け、既にしっとりしている場所を探り当てる。
 とめどなく溢れてくる愛液を割れ目に塗りたくり、そこを指でなぞっていく。

「ぁっ……やぁっ! ……ぁぁッ」

 甘やかな嬌声に導かれるように、ぬかるんだ奈江の中へと指を差し入れる。
 ずぶずぶと呆気なく飲み込まれていく。
 適度な締め付けと溶けそうなほどの熱に迎えられ、敏感な場所を爪先で弾く。

「……っっ……あ、ひゃあッ」
「声が大きいですよ。もう少しだけ、頑張ってください」
「な……っ! ……む、む……りぃっ!」
「誰かに聞かれてもいいんですか?」
「……ふ、……ぅ……んんっ」

 奈江は首を横に振り、懸命に堪えているようだった。
 腫れ上がった花芯を執拗に責め続けると、やがて華奢な体から力が抜けた。
 すとんと折り曲がった体に腕を差し入れて支える。
 けれど、意識を手放していた彼女は意外にもすぐに覚醒した。

「……あ、れ?」
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。……もしかして、意識失ってました?」
「ほんの少しですけどね」
「そう……ですか」
「ところで続き、してもいいですか?」
「え」

 戸惑う彼女にも分かりやすいように、昂った自身を腰へ押し付ける。
 ぴくっと震えた柔肌を支え、彼女の両胸に手を這わせた。
 固く尖った蕾を弄ると、何かに耐えるように、ゆるゆると首を左右に振る。

「やめて欲しいですか? なら、ちゃんと口で言ってください」
「…………ち、ちが……くて」
「じゃあ、気持ちいい?」
「……は、い……。……はぁ、んっ……ん……」
「本番はこれからですよ。だから、もう少しだけ頑張ってくださいね」

 返答を待たず、彼女の両手をバルコニーの手すりに移動させる。
 自然と体勢はお尻を突き出す格好になり、よろけそうになった腰を掴んで固定する。
 バスローブの裾をするするとたくし上げると、抗議の声が上がった。

「あ、あの……っ」
「何でしょう?」
「どうしてこんな恥ずかしい格好になってるんですかっ」
「さあ、何ででしょうね」
「と、とぼけないでくだ……やっ、ぁぁあッ」

 溢れ出す蜜の奥を指で掻き回す。
 指の本数を増やすと、抜き差しのたびに淫靡な音が響いた。
 ポケットに忍ばせていた袋の封を破り、自身へと宛がう。
 怯えた感じで待っている奈江の腰を引き寄せ、潤いきったそこへ押し込む。

「……っっ!」
「くっ……」

 入り口は撥ね除けるかの如く、キツくて。
 先端だけ飲み込まれた現状は油断した瞬間、するりと抜け出そうだった。

(困ったな……)

 男の欲求のままに動くのは簡単だ。
 けれども、まだ経験が浅い彼女にそれは酷なはずだ。
 緩みきった理性を何とか繋ぎ合わせて、薄く息を吐く。

「……奈江。深呼吸して、落ち着いて」
「ふぁ……ん、ふうう……」

 タイミングを見計らって、一気に奥へと突き入れる。
 ゆっくりと抽送を繰り返すと、ぎゅうぎゅうに締めつけていた場所が潤いを増す。
 繋がった部分からとろりと露が零れ出す。

「ここ、さっきより凄いことになってますよ?」
「……やぁ……ん、言わなくて、いい……ですか、ら!」
「俺は嬉しいんですけどね。それだけ感じてくれているってことでしょう?」
「あ、ふ……。ぁあんッ……!」
「はっ……。ちょ、そんなにキツくされると……困るんですが」
「……んんっ、……わか、……なっ……きゃっ?!」

 奈江の腰をしっかりと引き寄せ、深部へと這入り込む。
 そして今までの緩やかな動きから一変、勢いを増して腰を打ち付ける。

「……っっ! ……んぅっ、……はぁッ」

 遂に声を我慢しきれなくなったのか、奈江は自分の口元を手で覆う。
 けれども、指先の間から洩れるのは荒い息遣い。
 いつもの凛とした彼女からは想像できない色っぽい喘ぎ声もたまらないが、必死にその声を押し隠そうとしている姿も充分にそそられるわけで。
 何度も激しく突き上げ、薄い膜越しに自分の欲望を放った。
 再びがくりと沈む体を抱き上げ、そのままベッドルームへと運ぶ。
 掛け布団をかけると、奈江の瞼が薄らと開いた。

「……うう、先生」
「何ですか?」

 眉根を絞る彼女の頭を撫でて、微笑みかける。
 しばらくの間があった後、顔を赤くしたまま、ぼそりと呟く声がした。

「……もう、力が入りません……」

 文字通り、ぐったりとした様子の婚約者。
 明らかに非は自分にあるわけで。
 申し訳ないやら嬉しいやらで、苦笑いを浮かべて言う。

「すみません、無理をさせましたね。今日はもう休んでください」
「……はい……」
「おやすみなさい」

 頬に口づけを落とす。
 安心したのか、蓄積された疲労に負けたのか、ゆっくりと瞼が閉じられた。
 愛しい婚約者の寝顔をしばらく眺めた後。
 そっと隣へと寝転がるが、横に並んだ彼女は既に深い眠りの中だった。
 奈江の手を重ね合わせ、いつしか俺も睡魔に負けていた。