恋のパレード

ふたりきりの後夜祭 -1-

 それは、移りゆく空模様のように。
 心も曇ったり、晴れたりの繰り返しで。
 小さなことに胸が苦しくなったり、些細なことで嬉しくなったりと最近は忙しくて。
 こんな風に気持ちが揺り動かされるなんて、昔は考えられなかった。

        ......

 電車から降りて、暑い陽射しの中を歩く。
 通学路では躑躅の花が新芽に変わり、皐月の彩りが豊かになっていた。
 小ぶりな花弁は今、鮮やかな紅紫や純白の色で咲き満ちている。
 そよ風に揺らぐ様子を横目にしながら、通学鞄を抱え直す。

(そういえば、あれから朝比奈くんとも会っていないけど)

 今一番の懸念事項は彼だ。
 学校では、財閥の人間であることは秘密にしなければならない。
 彼は他言しないと言ってくれたけど、簡単に鵜呑みにはできないわけで。
 常盤の名前に付随してくる付加価値。
 それを利用しようとする人は、残念ながら少なくない。
 自分自身や友達を守るためにも、身分は隠しておくに越したことはない。

(婚約の話だってそう……一歩間違えれば、先生から職を奪ってしまうことになる)

 それだけは絶対に回避しなければ。
 目的がいまいち掴めない後輩に思いを巡らせ、ひとり唸る。

(だいたい、宣誓布告をされてからも、学校ではいつも通りだったわけだし)

 この前の発言にしたって、どこまでが本気だったのか。
 本当に先生との恋路を邪魔するつもりなのか、一時の気まぐれだったのか。
 けれども、またちょっかいを出してくるつもりならば。

(今度は先生に心配させないよう、注意を払わなくちゃ……)

 あたしが相原さんのことで胸を痛めたように。
 先生にも同じ思いをさせていたらと思うと、申し訳なくなった。

        ......

「うわー派手だねえ」
「今年はかなり演出に力が入ってるわね」
「ねー。びっくりしちゃった」

 現在、全校生徒が集まっている体育館は高揚した生徒たちで盛り上がっていた。
 生徒会長の開会宣言により始まった、オープニングセレモニー。
 吹奏楽部の演奏を皮切りに、去年入賞したバトン部とダンス部のコラボレーションは圧巻で。息のぴったり合った演技はすごいとしか言えない。それから手品部のマジックショー、生徒会のコマ撮りアニメ、と休む間もなく壇上は歓声を集めていた。
 そして時間はお昼時に差しかかり、一日目のイベントが無事終了した今。
 教室に戻ってきたあたしたちは机を向かい合わせ、昼食を摂っているのだが。

「みのりはやっぱり、午後は部活の準備?」
「うん。会場のセッティングとかいろいろあるからねー」

 言いながらサンドイッチを頬張る姿は、なんとなくリスを彷彿させた。
 もぐもぐと美味しそうに口を動かす感じが小動物みたいで、見ていると癒される。
 たぶん、小柄だからっていうのもあると思うけど。

「それにしても、今日は一段と量が多い気がするんだけど……」

 あたしは目の前のお弁当箱を見下ろす。
 ちょうどハムサンドに手を伸ばしていたみのりは一瞬固まり、照れながら弁明した。

「えへへ。いやー調子に乗って、ちょっと作り過ぎちゃった。今朝は早く起きたから私が作ったの。不思議なことに私の場合、いつも量が多くなっちゃうんだよねえ」
「そ、そうなの。……ところで、それ全部食べれるの?」
「このくらい余裕だよ。いつもはセーブしてたけど、今日は力仕事もあるし、しっかり食べておかないとね!」

 軽く三人前はある量を次々と胃袋におさめていく姿に、まだまだ彼女の知らない面が多いのだと知ることになった。

        ......

 午後は進捗が遅れているクラスは引き続き準備に明け暮れ、文化系の部活に所属する人は殆どが出払い、クラスに残ってるのは運動部や帰宅部の生徒が大半だった。
 みのりもご飯を食べ終えたらすぐ、出て行ってしまったし。

「暇そうだね、常盤さん」
「……その言い様は直球すぎない?」
「あはは、ごめん。これで飾りつけを作ろうと思うんだけど、時間空いてる?」

 難波くんが持ってきた箱を覗くと、色紙や色模造紙、はさみとのりなどが入っていた。

「わっかでも作るの?」
「うーん。ちょっと惜しい」
「じゃあ……星形や葉っぱに切り抜いて貼るとか」
「葉っぱを作る案はいいね、雰囲気出そう。これなら安上がりだし。……ちなみに正解は市松模様を作る、でした。シックな感じを演出しようかと」
「へー。いいね、それ」
「交渉成立だね」

 パーティションで区切られた作業用スペースに移動し、早速工作に取りかかる。
 黒と白を交互に組み合わせ、市松模様を作っていく。
 単純作業を地道にこなしていくと、なかなか様になってきた気がする。
 黙々と作業をしていた難波くんを見ると、紙製の葉っぱの山ができあがっていた。
 器用にはさみで切れこみを入れ、葉脈まで書き入れる細かさは職人さながらだ。

(美術部から勧誘とか来ちゃうんじゃ……)

 新たな発見に驚きを隠せないでいると、ふと難波くんと目が合う。
 どうかした? という視線が向けられて、前から気になっていたことを口にした。

「ねえ。難波くんはみのりのこと、もう諦めたの?」
「ぐはっ、今度は俺がストレート攻撃される番ですか……」
「え? そういうつもりじゃなかったんだけど」

 慌てて否定すると、落ちこんでいた難波くんが顔を上げる。

「まあ、それは冗談だとして。……常盤さんはどう思う? 潔く諦めた方が身のためかな」

 困ったような笑顔に、言葉が出てこない。
 役に立ったかは疑問が残るけれど、一度は手助けしたワケで。
 何か気の利いたアドバイスを……と思うものの、恋愛の経験も少ない自分には荷が重くて。
 先生の姿を思い浮かべ、彼ならどう言うだろうと考えてみる。

「難波くんはどうしたいの?」
「……俺?」
「簡単に諦められるような気持ちだったってこと?」
「…………」

 難しい顔で唸りだした彼を見ながら、変なことを言ったかなと不安になる。
 そういえば、あたしは今まで自分から告白したことはなくて。
 昔の淡い恋は、想いを伝える前に終わったし。
 先生とは結婚を前提としたお見合いから始まったわけだし。
 そう考えると、ちゃんと相手に好きだと伝えた難波くんはすごいと思う。

「やっほー常盤ちゃん。何やってるの?」

 突如後ろから聞こえてきたのは、よく知っている声。
 振り返ると、不思議そうに首を傾げていたのは美術部に行ったはずの友達だった。

「あれ? みのり、美術部の準備はもう終わったの?」
「ん。今は皆でおしゃべりしてるから、ちょっと抜けてきた」
「……で、それは何?」

 あたしが指差したのは、彼女の手にあるメモ用紙サイズの紙。
 部活の飾りつけの一部だろうかと考えていると、みのりが思い出したように言う。

「そうだった、メニュー表を貼るだけじゃ寂しいなって思ってたの。だから、POP広告を作ってきたんだ。ちょっと見てみてくれる?」

 そう言って連れて来られたのは、教室の入り口に置かれていたコルクボード。
 みのりは四隅の余白に画鋲で貼っていく。
 コルクボードからはみ出して飾られたそれは、本屋でよく見かけるものと似ていた。

「イメージはこんな感じ!」
「……わ。可愛いー! なにそれ、どうしたの?」
「堤さん、絵上手だねー」

 あっという間にクラスの女子たちが群がってきた。
 彼女たちの注目を集めたのは、吹き出しに描かれた執事とメイドのちびキャラたち。
 カラフルな文字と可愛い絵柄で、おすすめメニューが紹介されている。
 確かにシンプルな文字だけだった前よりは断然、集客効果は見込めるだろう。
 みのりはいつも、こうやって細かいところに気がつく。
 遠巻きに見ながら感心していると、横にいた難波くんが呟く。

「常盤さん……俺、諦めたくない。だって、まだ好きだから」

 彼の視線の先には、はにかんで頬を赤らめるみのりがいた。

「もう一度、頑張ってみるよ」
「……うん」

 頑張れ、とは言えなくて。
 だって既に一度、勇気を振り絞って告白しているから。
 それでも再び想いをぶつけることを選んだ人に、気休めの言葉はかけられなくて。
 あたしが彼の立場だったらどうしただろうと考える。

(…………きっと、難波くんみたいにはできない)

 もし、先生に拒まれたら。
 きっと心が張り裂けそうなくらい辛いけど、離れることを選ぶと思う。
 好きな人に嫌われるような真似はしたくない。
 いつまでも好きでいることが相手にとって迷惑になるなら……諦めるしかないと思う。
 みのりが出す答えは変わるのか、変わらないのか。
 難波くんと自分を重ね合わせて考えてしまうと、無性に不安が募った。