恋のパレード

ふたりきりの後夜祭 -2-

「ううう。何で俺がこんな格好……」
「ちょっと男でしょ。うだうだ言わない!」
「執事役は確かに引き受けたけど! 俺ひとりだけなんて聞いてない! 他は皆、メイド服の女子ばっかりじゃないか!」

 文化祭二日目。
 一般客が来る、言わば本番の日。
 けれども、我がクラスは開店前からちょっとしたハプニングが起きていた。
 声を荒げた難波くんに、衣装を仕立てた最上さんが噛み付く。

「しょうがないでしょ、予算の都合上よ! その生地が一番高くついたんだから。それに午後担当の静山くんは文句なんて言ってないわよ。……堤さんからも何か言ってやって!」

 火の粉は集まっていた衣装係の仲間にも降りかかる。
 みのりは、横にいたあたしへ困ったような視線を投げかけた。

(当初、接客は女子だけでする予定だったのよね……)

 改めて自分の格好を見下ろす。
 黒のロングワンピースに映えるのは、純白のエプロンと付け襟。
 カチューシャや袖口にも上品なフリルがつけられ、クラシカルに仕上げられている。

(急遽作ることになった執事服は、予算的にひとりしか捻出できなくて)

 ちらりと涙目の難波くんを見やる。
 蝶ネクタイに燕尾服、グレーのベスト、銀のチェーン。
 しかも、白い手袋まで用意してある徹底ぶり。
 最上さんのメイク術により、しっかり化かされた彼は大人の風格漂う青年になっていて。
 正直、想像以上の変身ぶりだった。
 モデル並みの美形な朝比奈くんといい勝負かもしれない。

「……えーと。とても似合ってると思うよ?」

 みのりが呟いた感想に、あたしも心の中で同意する。
 と、さっきまで嘆いていた難波くんの表情が固まり、惚けたものになる。

「……そ、そう……?」
「うん。だから接客、頑張って」
「わかった。行ってくる!」

 打って変わって上機嫌になった彼を見送り、最上さんが呆れた声を出す。

「…………なんて分かりやすい性格なのかしら、彼」

 あたしが何か言うまでもなく、みのりへの特別な思いは筒抜けだった。

        ......

 執事&メイド喫茶は広報係のおかげか、順調な滑り出しだった。
 客足が途絶える気配はなく、接客スマイルがそろそろ顔にはりついてきた頃。
 出迎えた先にいたのは見知った顔だった。

「おや、常盤さん。なかなかお似合いですよ」
「あ、ありがとうございます。……お帰りなさいませ、ご主人様」

 決まり文句を述べてから一礼すると、日下部先生が優しく微笑む。
 一瞬、ふたりだけの甘い時間が訪れたような錯覚に陥る。
 だけど彼の後ろに並ぶ長蛇の列が見え、すぐに気持ちを切り替える。
 席に案内し、注文を復唱した。

「カモミールティーとレアチーズケーキをおひとつですね。少々お待ちくださいませ」
「ええ」

 バックスペースに急ぎ足で戻ると、そこは戦場と化していた。
 追加の注文を伝えた途端、ぎらりとした視線が応じる。
 しかし、怒濤の仕事量に鍛えられた女子たちは見事な連係プレーで。

「はい! 五番テーブルのお客様、持って行ってっ」

 テキパキと用意された品をトレーに乗せ、先生の元へと運ぶ。

「お待たせいたしました。どうぞ」
「どうもありがとうございます。美味しそうですね」
「お口に合えば良いのですが……」
「いただきます」

 先生はフォークで一口大に切り、ぱくりと頬張った。
 料理上手の彼からどんな感想が出るのかと思うと、少し緊張してしまう。

「……サクサクした食感と濃厚な味わいに、滑らかな口溶けは駅前のケーキ屋さんを思い出しますね」
「すごい、よく分かりましたね。実は、クラスメイトの伝手でそこから仕入れてるんです」
「一時期よく通っていましたから」
「そうなんですか?」

 あたしが驚いていると、不意に第三者の声が飛んでくる。

「常盤さん。ご指名だよー」
「……指名?」
「ほら、あちらのお客様」

 メイド服の女子に促され、教室の入り口を見やる。
 新たなお客はあたしと目が合うなり、ずかずかと入ってくる。

「よぉ、奈江」
「……どうして彗がこんなところにいるの?」
「叔母さんから聞いた」
「そ、そう。でも今、見ての通り満席だから……」

 視線を彷徨わせていると、近くから遠慮がちな声が会話を引き継ぐ。

「相席でもよければ、ここ空いていますよ」
「日下部先生、そんな。悪いですし……」
「なら遠慮なく。ってわけで、注文も適当によろしく」
「って彗?! 少しは遠慮しなさいよっ」

 あたしがつい声を荒げると、彗はやれやれといった様子で額に手をやった。

「奈江さー。いとことはいえ、今はご主人様のひとりだぜ? メイドはメイドらしく、振る舞うのがマナーじゃないのかよ?」
「…………かしこまりました。ただいま準備いたします」

 くるりと方向転換し、彗の好きそうなメニューを注文書に書き込んでから。
 大げさなため息を飲みこんで、バックスペースへと直行する。
 ちらりとテーブル席を覗き込んでみると、先生と彗は話に花を咲かせていて。
 一体、何の話をしているのか。
 非常に気になったものの、お勘定担当からヘルプが来てしまい、ふたりの接客は他の子に任せることになって。
 結局、目が回るような忙しさはお昼の交代時間まで続いた。
 先生たちはあれからどうしたたろう。
 気づいたときには彼らは後ろ姿で、声をかけることもできなくて。

(なんか、どっと疲れたわ……)

 制服に着替え終わると、見計らったようにみのりがやってきた。
 彼女の手にした屋台の品々に腹の虫が即座に反応した。

        ......

 人がごった返す廊下を抜け、中庭に降りる。
 そこで待ち構えていたのは今年の目玉展示のひとつ。
 例年文化委員を総動員して制作するという、巨大オブジェクト。
 今年は創立80周年もあってか、気合いの入り方が去年と違う気がする。
 中庭に鎮座する龍のオブジェクトは紙製と思えない迫力で。
 澄み渡る青空に向かって昇る姿は圧巻だった。
 あたしたちは、龍の影になっていたベンチに腰掛ける。

「どれでも好きなの選んでいいよ」
「迷うわね……んー、焼きそばにしようかな。はい、お金」
「ふふ、毎度ー」

 校舎のスピーカーから今年のテーマソングが流れてくる。

「美術部はどうだった?」
「ぼちぼちって感じかな。午後はもう少し多いかもだけど」

 タコスを食べていたみのりは、焼き鳥にも手を伸ばす。

「みのりは今日も食欲旺盛ね……」
「うん。いっぱい食べようと思って、朝食抜いてきたから」
「……太るわよ……?」
「大丈夫、大丈夫。いつもはセーブしてるから、たまに羽目を外すぐらい平気だよ。デザートは何がいいかなあ。アイスも捨てがたいし、クレープも美味しそうだったし」

 瞳をキラキラさせる姿に、あたしは曖昧に頷く。
 そのことに気を悪くした様子はなく、みのりは話を続ける。

「そういえば……常盤ちゃん、彼氏できたよね」

 いつもと変わらない口調で飛び出したのは、質問ではなく確認だった。

「な、なんでそう思うの」
「こないだ試着したときに見えたもん。今までネックレスつけてなかったのに、わざわざ服の下に隠すような大事な指輪っていえば……そりゃあ、彼氏からの贈り物としか思えない」

 確信を持った瞳に見つめられ、あたしは制服の下にある指輪を無意識に掴む。
 とはいえ、否定も肯定もできなくて。
 あたしは絞り出すように言い訳を口に乗せる。

「…………これはその、お守りみたいなものというか」
「ああ、違うの。無理に聞き出したいわけじゃないんだ。ただ、前に悩んでいたのはもう解決したってことでしょ? 良かったねえ」
「……うん。その……ありがと」
「私は見守ってただけだよ。常盤ちゃんが頑張ったから、今の結果があるんだと思うよ」

 しみじみと言われ、そうなのかなと考えてしまう。
 だけど、みのりの言葉がなかったら、結果は違っていたかもしれない。

「あのときの言葉がなかったら、きっとチャンスを逃していたと思う。だから……あたしが一歩を踏み出せたとしたら、みのりのおかげよ」
「なら、ここは素直に喜んでおこうかな。でもいつか、紹介してくれると嬉しいなーなんて」
「……いずれ、ちゃんと紹介するつもりだから。それまで待ってて」
「楽しみにしてるね」

 みのりは紙パックの緑茶を飲み干し、ゴミを手早くまとめる。

「さてと。お腹も満たされたことだし、まずはどこ行く? 常盤ちゃん」
「あ。……お化け屋敷に行ってみたいんだけど」
「了解。ではでは、いざ出陣!」

 みのりの掛け声に頷き、先生のクラスへと向かった。

        ......

 2−8組の前はお昼時もあってか、そこまで並んでいなくて。
 大して待たずに中へと通された。
 そして、人生初の恐怖体験をしたあたしは青ざめてお化け屋敷を後にした。

「うーん。まさか、常盤ちゃんがお化け屋敷苦手だったとは……」
「……あたしも今日初めて知ったわ。自分の欠点」

 廊下の手すりにもたれかかり、呻くように呟く。
 一方のみのりは短い悲鳴を上げていたものの、十分に楽しめたらしい。
 みのりが手を引いてくれなかったら、たぶん、ひとりで出て来れなかったと思う。

「欠点って言うほどじゃないと思うけど。泣き叫ぶというよりは、心ここにあらずだったし。見た目には普通にしてたし」
「……驚き過ぎて、どう反応すればいいか分からなかっただけよ」
「ま、まあ。元気出して。もう怖いところなんて行かないから。そうだ、気晴らしに美術部に行こうよ。私の作品もあるから」
「……うん……」

 励ましの声に俯いていた顔を上げた。
 だがその最中、視界に映った人影に目が引きつけられて。
 吹き抜けの廊下から見下ろすと、ちょうど中庭がよく見える。
 眼下に見える男女の姿には既視感があって、あたしは戸惑いの声を漏らす。

「……え」
「どうしたの? ……ああ、日下部先生だね。一緒に話してる女の人、誰だろ。彼女さんだったりするのかな」

 みのりの素朴な疑問には答えられなくて。
 だって、先生のそばにいる人はあたしの知っている横顔で。

(相原さん、よね……?)

 彼女がここにいるということは当然、先生に会いにきたのだろう。
 現にふたりは今、仲良く談笑しているのだから。
 先生が昔好きだった女性。
 あたしは胸の痛みを誤魔化すように早口で言う。

「時間も限られているし、早く美術部に行きましょ」
「あ、うん」

 みのりを急かすようにして、あたしはその場から逃げた。