恋のパレード

ふたりきりの後夜祭 -4-

 文化祭三日目。つまりは最終日。
 泣いても笑っても今日がラストだ。
 その最後を飾るのは、生徒会主催の参加型企画と部門別の結果発表。
 例年、企画内容は当日まで秘密にされており、今年は朝一に全校生徒がグラウンドに集められ、特設ステージでは生徒会長がマイクを握っていた。

「おはようございます。いよいよ文化祭も残り一日となりました。生徒会一同、皆の心に残る企画を今年も計画しています。では、今年のイベント内容を発表したいと思います! ……っと、おお? これは教師陣の乱入でしょうか?!」

 ステージの中央にいた会長を取り囲むようにして、長ラン姿の教師たちが現れた。
 その中にいた若い先生の姿に、あたしは目を剥く。

(あれは日下部先生……よね……?)

 にわかには信じがたい光景だったけども、見間違うはずがない。
 ハチマキに襷がけという、応援団の格好で登場した男性教師たちは統率の取れた動きで、体育教師の号令を合図に三三七拍子を始めた。
 呆気にとられていた生徒たちも、次第に場の雰囲気になじんできて。
 数人だった手拍子が大きく広がっていく。
 つられるようにして手を叩いていると、横にいたみのりが呟く。

「まさか、先生を担ぎだしてくるとは思わなかったね」
「ええ。これはさすがに予想してなかったわ」

 婚約者のコスプレ姿を見ることになるなんてことは。
 しかも、それが似合っているのだから、現役女子高生として何とも言えない気分になる。

「えー、先生方。熱烈な応援をありがとうございました。……それでは気を取り直して、男装コンテストとのど自慢大会を行いたいと思います。衣装は生徒会で用意したものを着用していただきます。これより選考受付を行いますので、我こそはという方はふるってご参加ください! ちなみに参加者が規定以下の場合は、生徒会から指名させていただきます。準備が整うまでの間、クイズ大会を開催します!」

 応援団はステージから退場し、代わりに○×の大きな板が運び込まれた。
 それから真ん中をロープで区切られ、大クイズ大会が始まった。

        ......

 クイズは三回戦で敗退し、あたしたちは屋台の前にいた。 
 飲食店は完売させるまでが文化祭で。
 商品が売れ残ったお店が軒を連ねている一角は、ものすごい賑わいを見せていた。
 学食も利用できるのだが、皆が露店に集中するのは祭りの気分を味わいたいからだろう。
 ちなみに今日の戦利品はフランクフルトと焼きトウモロコシ。
 中庭のベンチは先客で埋まっていたので、校舎裏の木陰で遅い昼食にありつく。

「それにしても、男装コンテストは結構盛り上がってたわね。参加者も多かったし」
「うん。演劇部や運動部が多かったからね」
「その中から、彼女が優勝をかっさらうとはね……」
「ね。びっくりだよね。衣装は借り物なのに、すごい似合ってて。仕草が凛々しいんだもん。あれはもう惚れちゃうよね」

 そう、演劇部の強者を押しのけて栄冠を勝ち取ったのは、我がクラスメイトで。
 審査委員を務める生徒会役員と教師から、圧倒的な票を獲得していた。
 悠然とした笑みで優勝コメントを述べていたのは、最上さんだった。
 写真部部長はさりげに部員募集も織り交ぜ、女子生徒からの黄色い歓声を浴びていた。

「のど自慢大会は午後からだよね。ちょっと楽しみだなあ」

 みのりは伸びを大きくして、あたしをちらりと見る。

「彼氏さん、歌とか上手い?」
「……へ」
「あれ。カラオケとか行かないの?」

 不思議そうに問われて、すぐに言葉が返せない。
 いつもは人目を忍んで会っているわけで。
 というか、カラオケは人生で只の一度も行ったことすらない。
 返事に詰まっていると、みのりは思い出したように言う。

「ああそっか。常盤ちゃんの家、門限が厳しいって言ってたっけ」
「……う、うん」
「じゃあ、仕方ないか。でもカラオケはおすすめするよ。素敵な歌声を生で聴くと、やっぱり違うもん。惚れ直しちゃうかもよ?」

 いたずらっぽく言われ、先生の歌声を想像してみる。
 だが実際に行ったことがないので、いまいち良さが掴めなかった。
 けれど高校を卒業したら、カラオケに行く機会もあるかもしれない。
 緑色に揺れ動く木漏れ日の中で、数年後の未来に期待を寄せた。

        ......

 今、あたしは屋上に続く階段の踊り場にいて。
 のど自慢大会の準決勝を観ていたら、人づてに渡されたのは呼び出しの手紙。
 みのりに断ってから、指定された場所へと辿り着くと。
 目の前には知らない男の先輩がひとり。

「は、はじめまして。常盤さんは俺のこと、知らないと思うんだけどっ」

 緊張がちがちの声で始まった言葉に、もしかして、と体にわずかに緊張が走る。
 一年の頃はよく、こうしたことがあった。
 間髪入れずに断ると大抵、相手はすんなりと諦めてくれて。
 とくに後腐れもなく、その後の学校生活も過ごしてきたけれど。
 今は去年のあたしとは違う。
 少なくとも、恋の切なさを知ってしまったから。
 どういう気持ちで自分の気持ちを伝えようとしているのか、痛いほど分かってしまって。
 相手を傷つけないようにするには、何て伝えたらいいだろうかと考える。

「もし良かったら、高校最後の思い出に、一緒に踊ってもらえませんかっ」

 震える手を差し出されて、あたしは戸惑う。
 年上のはずなのに、なぜか可愛い印象の先輩。
 こんなにいい人なら、もっと素敵な女性が似合うだろうに。

(ううん。好きになるのに理由なんて必要ない。自分に合うとか、そういう物差しじゃなくて。気づいたらその人が特別だった、のよね……)

 誠実な想いを真っすぐに向けられて、あたしも覚悟を決める。

「お気持ちは嬉しいのですが、実は今、お付き合いしている方がいるので……ごめんなさい」
「あ……そ、それはごめん。知らなかっとはいえ、困ったよね」
「い、いえ」
「そっかあ、そっかあ……常盤さんにも彼氏ができたんだ。……俺が言うことじゃないだろうけど、お幸せにね」

 今にも泣きそうな笑顔を見てしまい、心がちくりと痛む。
 頷き返すと、先輩はじゃあ……と呟いて階段を駆け下りていく。
 その足音が遠ざかってから、ふう、とため息が出る。

(今回は緊張したな……断るのも楽じゃないわ)

 とぼとぼと一段ずつ降りていくと、ふと視界に人影が近づく。
 反射的に顔を上げ、あたしは声を失う。

「こんにちは……常盤さん」
「く、日下部先生?! ……もしかして、さっきの聞いていました?」
「すみません。屋上に向かっているのが見えたので、立ち入り禁止だと言いにきたんですが。告白を立ち聞きするつもりじゃなかったんです」
「いえ、あの。不可抗力なら仕方ないというか……こちらこそ、何だかすみません」

 予想外の事態に頭がついていかない。
 軽くパニックになって自分が何を言っているのかかさえ、分からなくなっていた。

(えっと……ここは、何かフォローした方がいいのよね……?)

 けれど、何を、どこから言えばいいのか。
 さらに混乱していると、ピンポンパンポン、と軽快な音がスピーカーから流れ出す。

『えー、てすてす。……こんにちは、生徒会副会長の恩田です。緊急特別企画のお知らせです。制限時間内にうさぎの仮装をした生徒会メンバーを五人捕まえてください。ひとりにつき、所属クラスにボーナス100ポイントを進呈します。全員捕まえたチームには追加で500ポイントを進呈! このチャンスを見逃すな! 諸君の検討を祈る!』

 どこからか、雄叫びのような声が風にのって運ばれてくる。
 不意打ちな校内放送に話の腰を折られ、あたしが逡巡していると。
 ドタバタという足音が徐々に近づいてくる。

「……ちょっと失礼」

 先生に手を引かれ、近くのメディアルームに連れ込まれた。
 興奮したような声と足音が部屋の前を通り過ぎ、潜めていた息をゆっくりと吐き出す。
 身近には長ラン姿の先生がいて。
 一見、高校生と間違えてしまいそうな外見にドキリとしてしまう。
 ハチマキや襷は外しているから、学ランの男子生徒に紛れてても分からないと思う。
 先生は静かに部屋の鍵をかけ、あたしに向き直る。

「実はさっき、少し焦っていました。奈江なら断ると分かっていても、もしかしたらという思いに囚われて、出るに出れなかったんです」
「……心配をかけてしまったんですね。ごめんなさい」
「なら、安心させてくれますか?」

 聞き返す前に唇が塞がれた。
 いつものと違って、あまい、と感じるキスだった。
 優しく口唇を啄まれて、甘噛みするように繰り返される口づけ。
 触れた場所から先生の気持ちが溢れてくるようで、甘い痺れに酔っていく。
 彗が話した昔話や相原さんのこととか、もうどうでもよくなる。
 深くなる口づけに応えていると、腰を抱かれてどんどん後方に体が傾く。
 扉を閉められて真っ暗な中。
 もっと言えば、ここは学校で、今は文化祭の真っ最中な訳で。

「……はっ、せ……せんせっ」

 息を乱したまま、先生の胸に手を当てて距離を取る。
 でも、先生はすぐに顔を近づけてきて。

「……なぜ、口を塞ぐんですか?」

 静かな問いに、あたしはうろたえてしまう。

「だ、だって、もし誰かにバレたら……」
「俺たちの関係は何でしょう?」
「教師と……生徒です」
「今この瞬間に於いては違いますね」
「……んん?!」

 両手首を頭の上でまとめられて、壁際に押さえつけられる。
 今度はせっかちなキスがあたしの自由を奪う。
 長いキスから解放されたときには、目がとろんとなっていて。
 拒む気力も見事に削がれてしまって。
 それに満足するように、先生が婀娜っぽく笑いかける。

「婚約者ですよ、奈江」
「……っ……。ここは学校ですよ?」
「そうですね」
「今日はおかしいですよ。いつもの先生じゃないみたい」
「……いつもの俺はどんな感じでしたか?」
「もっとこう、落ち着いて考えて行動していて。少なくとも、学校でこんなことをする人じゃなかったはずです」
「そうですか。では、今日の俺は子供っぽいということで」

 先生の瞳が迫り、あたしは早口で言う。

「も、もうダメです! これ以上するなら嫌いになります!」

 慌てて口走った言葉に、先生の動きがピタリと止まる。
 少し悩むような間があった後、教師と生徒の距離感に戻っていく。

「すみません。少し余裕をなくしていました」
「……どうかしたんですか?」
「そうですね。年甲斐もなく、文化祭の雰囲気にやられたのかもしれません」

 直感で嘘だと思った。
 だけど、本当のことを言わないのはきっと、あたしに心配をかけさせないためだろう。
 それが分かってしまったから、そうですか、としか言えなくて。
 先生はところで、と前置きしてから言う。

「こちらから誘っておいて申し訳ないのですが。今夜は教師陣で打ち上げがあるらしく、応援団に参加していた人は強制参加らしいんです」

 後夜祭が終わってから会う約束をしていた。
 それを楽しみに、文化祭の準備を頑張ってきたのだけど。
 婚約者のしゅんと沈む様子を見ていると、元気づけなきゃという使命感に駆られた。

「あ、あの……っ」
「何でしょう?」
「その、ご迷惑でなければ……先生の家で待っていてもいいですか? 明日と明後日は代休ですし、泊まらせて頂けるなら遅くても待っていられますし」
「もちろんです」

 躊躇なく即答されて、思わず聞き返してしまう。

「……え、本当にいいんですか?」
「はい。そのために鍵を渡したんですし、何か困ることがありますか?」

 不思議そうに首を傾げる先生。
 勇気を振り絞った結果に、思わず拍子抜けしていると。

「ああ。そうでした。実は、ひとつお願いがあるのですが」

 真面目な瞳に見つめられ、あたしは続く言葉を待つ。
 その後、先生からの意外な『お願い』に目を丸くしてしまった。