恋のパレード

ふたりきりの後夜祭 -5-

 みのりの元に戻ると、案の定、心配した声が真っ先に飛んできて。

「常盤ちゃん、良かった。遅いから、そろそろ探しに行こうかと思っちゃった」
「ごめんね。戻る途中に知り合いと話し込んでて」
「そうだったんだ。……例の放送は聞いた?」
「うさぎのやつ?」
「そうそう。少し前にね、難波くんが捕獲されるところを見かけたよ」

 そのときの彼の姿が目に浮かんでしまい、哀れになった。
 よりによって、好きな女の子に一番情けない姿を見られるなんて。

「男子の場合はうさみみをつけてて、かなりミスマッチだった」
「……生徒会とはいえ、そこまで体を張るなんて。色んな意味で尊敬するわ」
「あ、女子は超かわいい感じだったよ。しっぽもついてて、うさぎっぽかった。男女で違うのは予算の都合なのかな」
「それは充分にあり得るわね……」

 限られた予算の中で、イベントを企画実行するのは想像以上に大変だろう。
 多少の格差が生まれるのは致し方ない……のかもしれない。

「そういえば、のど自慢大会はどうなったの?」
「えーっとね。決勝は一年と三年との対決になって……。どっちも甲乙つけがたい歌唱力で、接戦だったよ。勝ったのは三年の人」
「へえー、聴いてみたかったな。そのふたりの歌声」

 きっと、決勝で披露したのは一番得意の曲だったはず。
 惜しいことをしたかなと思っていると、だったら、と後ろから声がした。

「今度、僕の歌声を披露しましょうか?」
「……朝比奈くん。一体いつから後ろに……」
「え、ちょっと前からですけど」

 悪びれもせずに言う後輩に頭が痛くなった。

「っていうか、朝比奈くんはうさぎ探ししなくていいの?」
「ああそれなら、さっき全員捕まったそうですよ。もうすぐ放送が流れるんじゃないかな」

 その言葉通りに、すぐに校内放送の音が流れる。
 耳を澄ませて聞くと、息を切らした副会長が完敗しましたと悔し紛れに言い、ボーナスポイントを獲得したクラスを発表していった。
 残念ながら、我がクラスはひとりも捕まえられなかったらしい。
 これは豪華賞品から遠のいたかもしれない。

「わーふたりも捕まえたクラスがあったんだ」

 みのりが感心したように声を洩らす。
 と、ふと視界にとぼとぼと廊下を歩く難波くんの姿を見つけた。
 うさみみは脱いだ後らしく、学ランに実行委員の腕章をつけている。

「噂をすれば……かしら。ちょっと励ましてくるわ」

 みのりと朝比奈くんを置いて、彼の元に駆け寄る。
 足音に気がついたのか、すぐに振り返った顔はどこか思い詰めていて。

「難波くん、お疲れ様」
「……常盤さん。俺、自分が不甲斐ないよ」
「どうしたの? うさぎ探しは好評だったみたいだけど」
「いや、そっちじゃなくて。……後夜祭のパートナー、まだ申し込んでないんだ」

 数秒の時差で、その言葉の意味を理解した。

(……あれ? てっきり、みのりは難波くんと踊るんだと思ってたのに)

 となると『ほぼ確定』と言っていた相手は誰だろう。
 同じクラスに該当しそうな男子が咄嗟に思い浮かばない。

「で、でも後夜祭はまだ始まってないんだし。今からでも遅くはないわよ」
「…………頑張るって言っておいてなんだけど。やっぱ、二度目はきついからさ。けど、いつまでも怖がってばっかもダメだよな。……これから当たって砕けてくる!」

 いや、砕けたらだめなんじゃ。
 けれども止める前に、難波くんの声が辺りに響く。

「堤さん! 良かったら、ふたりだけで話したいんだけど」
「わっ、びっくりした。……私はいいけど、常盤ちゃんはここにいる?」
「え、ええ。ここで待っているわ」
「じゃあ、ちょっとだけ抜けるね」

 ふたりが去っていく姿を見送り、その場に残されたのは朝比奈くんとあたしだけとなった。
 決意を固めた彼の横顔を思い出し、心の中でエールを送る。

(とはいえ、おとなしく待つって結構そわそわするわね……)

 どうしたって、二回目の告白の結果に意識が向く。
 だけど他人の恋路を邪魔をするわけにもいかないし、なんて思っていると。

「先輩。僕たちも行きましょう」
「行くってどこへ――って、ちょっと覗きに行くつもりっ?!」
「何言ってるんですか。これぞ文化祭の醍醐味ですよ。バレなきゃ大丈夫です」

 いやいや、そういう問題じゃないでしょ!
 だが、強引に引っ張られる腕に敵うはずもなくて。
 朝比奈くんに連れられて結局、みのりたちがいる校舎裏の裏庭に身を隠す羽目になった。

「あ、あの。……堤さんはフォークダンスは誰と踊るの?」
「美術部の先輩だけど、それがどうかした?」
「そ……そう、なんだ」
「難波くん?」
「――堤さんっ!」
「は、はい」
「虫のいいお願いだと思っているけど、その先輩を断って、俺と踊ってもらうわけにはいかない……かな」

 自信なさげな声に答えたのは、存外にはっきりとした声。

「質問なんだけど。難波くんは、どうして私にそんなにこだわるの? 私、結構冷めたところあるし。一緒にいて楽しくないと思うよ」

 淡々と言うみのりは、不可解な面持ちで。
 その表情に一瞬たじろいだ難波くんは、拳を強く握りしめて大きく息を吸い込んだ。

「一度は振られたけど、やっぱりまだ好きで……。しつこいと思われても仕方ないと思う。だから、これを最後の告白にする。……俺と、付き合ってくださいっ!」
「…………」
「……ははは、やっぱ俺なんかじゃダメか」

 難波くんは首にやっていた腕をだらりと垂らす。

「あ。……や、えっと。そうじゃなくて……難波くんの気持ちは嬉しいよ。できればその気持ちに応えたいと思う。だけど、もう少し時間が欲しい……かな」
「待つ、待つよ。いくらでも!」
「もし良かったら……友達からでもいい?」
「と、友達からよろしくお願いしますッ!」
「あはは、友達相手に力み過ぎだよ。……今度、映画でも観に行く?」

 途端、難波くんの顔が赤くなっていく。
 初々しい様子まで盗み見てしまい、沸々と罪悪感が芽生える。
 そろそろお暇しなければと腰を上げかけた、そのとき。

「それはそうと……ふたりはそこで何をしているの?」

 突然、こちらに向けられた声にびくりとする。
 みのりは呆れたような顔で、難波くんは今気がついたような焦り顔で。
 観念して茂みから出て行くと、みのりの視線は真っすぐと後輩へ注がれる。

「どうせ、朝比奈くんが常盤ちゃんをそそのかして連れてきたんでしょ。……いいよ、別に怒ってはないし。まだ付き合うわけじゃないし」
「え」
「友達から彼氏に昇格できるかは、難波くん次第だし。これから期待していいんだよね?」
「も、もちろん! 全力で好きになってもらえるように頑張るから!」

 力強く答える姿に、みのりが笑いをこぼす。
 まだ、難波くんの想いは完全に受け入れられたわけではない。
 だけど全く脈がないわけではなさそうで、何だかあたしまで嬉しくなっていた。

        ......

 日が暮れてきて、後夜祭が始まった。
 グラウンドに積み上げられたのは文化祭で使われた資材などなど。
 点火! という号令のもと、ボッと火が空に向かって弾ける。
 キャンプファイアーの灯りが照らす中、部門別の結果発表が言い渡されていく。

「優勝商品は今年から金券は換金できることを理由に廃止されたので、心ばかりの賞状と学食無料券を渡しまーす。抗議は先生方にお願いします。では、発表ー! 芸術部門、第一位は……」

 有無を言わさずの進行に、ブーイングの声は小さくなっていく。
 例年上位をキープする演劇部の名に続いて、一年のクラスが発表された。

「あ、僕のクラスだ」
「そうなの? おめでとう」
「ありがとうございます。ファッションショー大変でしたけど、やって良かった」

 それから装飾部門、飲食部門と続き、我がクラスは三位に食い込んでいた。
 クラス総合の一位に輝いたのは、ボーナス200ポイントをゲットしたクラスだった。
 ちなみに、今はみのりとは別行動中だ。
 朝比奈くんの計らいにより、ふたりきりにしてあげようということになって。
 それは即ち、今現在、あたしと朝比奈くんがふたりきりという状態になるんだけど。

(相変わらず、この後輩は油断ならないわ)

 と不意に、少し離れたところから女の子の声がした。
 何気なく見てみると、数人の女子が隣に座る朝比奈くんに熱い眼差しを送っていて。

「ねーやっぱり付き合ってるんじゃん」
「結構お似合いっぽいし、えーん。ショックー!」
「大丈夫だって。すぐに飽きて私たちのところに戻ってくるよ」

 否応なく耳に入ってくる声に、自然と声のトーンが下がる。

「朝比奈くんは随分と人気のようね」
「いやいや、両手でも足りないほどの男から告白されている先輩には負けますよ」
「……何で知ってるの?!」
「情報が戦術の基本ですよ」

 言葉を失っている間に、吹奏楽部の生演奏が流れ出す。
 フォークダンスはパートナーがいない人でも参加できる曲から始まる。
 円形になった皆が恥ずかしそうに踊り始める。
 パートナーがいる人は次の曲から参加するため、あたしは会話を続ける。

「昨日、美術部に行ったんだけど。……朝比奈くんの絵、とても綺麗だった」
「ありがとうございます。昔から筆を持つと、不思議と落ち着くんですよ。好きなものを好きなだけ描くのが性に合っているみたいで」
「少し意外だけど、夢中になれることがあるっていいわね」

 しみじみ言うと、朝比奈くんの顔つきが真面目なものに変わる。

「先生は先輩のどこが好きだと言っていたんですか?」
「…………結婚してからでも恋はできると言ってくれたわ」
「それって、ただのこじつけじゃないんですか? 本当に先輩のことが好きなわけではなく、ただ好きなふりをしているとか」

 すぐさま否定しようと開けた口は空回りした。
 よくよく思い返すと、先生がお見合いの話を受けたのは昔の約束を果たすためで。
 その約束のためなら、好きでもない女性と結婚するつもりだとも言っていた。

(……あたしたちの絆って、お見合いの話が反故になれば簡単に崩れるもの?)

 今、先生から向けられている好意を疑うわけじゃない。
 本当に愛されているという実感は、確かにある。
 だけど、もしこの話がなければ。
 先生と恋仲になることなんて、なかったはず。
 お互い違う相手と結婚することになっていたと思う。
 その事実に気がつき、胸に重しがのしかかったように息苦しくなる。

「僕を選んでくれたら、すぐに結婚する必要はなくなりますよ」
「……どういう意味?」
「先生の場合、年内には籍を入れなくちゃいけないんでしょう? 僕はまだ十八歳になってないから数年は猶予がある。つまり、その間にお互いのことを知っていけばいいんです。結婚してから幻滅するのは先輩だって望んでいないはず」
「…………そんなの、分からないじゃない」

 勝手に決めつけないでほしい。
 そんな思いで見返すと、朝比奈くんはおもむろにため息をついた。

「果たしてそうかな。僕はふたりがうまくいくとは思えない」
「朝比奈……くん?」

 それまでの彼の雰囲気がガラリと変わる。
 あたしを見る視線は、どことなく冷たい色を宿していて。
 口調や態度も、今までの『後輩』とはまるで違う。
 財閥のパーティーで見かけるような、同じ側の雰囲気を醸し出していた。

「考え方や立場も全然違うのに、どうして大丈夫だと思えるの? 恋人になって、まだ少しの間しか過ごしていないのに」
「それ、は……」
「今は相手のいいところしか見えていないだけだよ。そのうち嫌な面が見えてきても好きで居続けるのって結構、辛いと思うけど?」

 痛いところばかりを突いてくる。
 可能性が少しでもある限り、絶対にないとは言い切れない。
 それでも、あたしは先生となら何とかなると信じたい。だから。

「それを乗り越えての夫婦……でしょ?」
「ふうん。やっぱり思った通りだ、常盤財閥のお嬢様は簡単には折れない」
「……何が言いたいの?」
「ん? 従順なお嬢様より、先輩みたいなタイプの方が僕好みってこと」
「朝比奈くんは一体どういうつもりで――」

 唇に人差し指が押し当てられ、言葉が途切れる。
 驚いて見つめると、朝比奈くんは楽しげに目を細める。

「フォークダンスの件は全くの偶然でしたけどね。聞き覚えのある名前だったから調べてみたら、なんとお見合い候補の相手だった。そして、からかってみたら反応が面白い上に、強気なお嬢様だと分かった。だから、今は本気で奪っちゃおうかなーって考えてみたり?」
「…………あたしはそんなに安い女じゃないわ」
「うん。それでこそ、頑張り甲斐があるってもんだし」
「が……頑張らなくていいからっ」

 今、はっきりしたことがある。
 彼は味方ではない。だから、決して気を許しちゃいけない。

「さて、僕たちも踊りましょうか」

 曲調が変わり、マイムマイムから一対一の踊りへ変わる。
 朝比奈くんと向かい合い、両手を前に伸ばす。
 あたしはフォークダンスを滞りなく終わらせることだけに集中した。