恋のパレード

ふたりきりの後夜祭 -6-

 そっと合鍵を鍵穴に差し入れる。
 目を瞑り、そのまま回すとロックが開く音がした。

(入口のオートロックを解除したときより、ドキドキする……)

 事前に教えてもらっていた解除キーは、言われた手順ですんなり認証が通って。
 無人のエレベーターに乗り込み、先生の部屋に前まで来たところまでは普通だったけど。

(いくら許可を貰っているとはいえ……本当に上がってもいいのよね?)

 おそるおそる玄関のドアの取っ手を引き、真っ暗な部屋の中へと入った。
 記憶を頼りに手探りでスイッチを押し、すぐに照らされる室内。
 当然といえばそうだけど、家具の配置も前に来たときと何ら変わっていない。
 飲み会に参加するからと言われて、夕飯と入浴は済ませてきた。

(うーん。先生が帰ってくるまで、何をしていようかしら)

 ソファーにちょこんと座り、あれこれと思考を巡らす。
 だが玄関の方から物音が聞こえて、考えはすぐに打ち切られる。
 腰を浮かせてドアに近づくと。

「わっ!」
「……どうしてそんなに驚いているんですか?」

 意外そうな声は、この部屋の主のもの。
 しばらく瞬きを繰り返すが、幻は消えることはなくて。
 やっと現実だと認識して、あたしは慌てて言い訳を口にする。

「だ、だって。さっき来たばかりなのに、先生がすぐ帰ってくるから……」
「奈江に早く会いたくて、頑張りましたからね」
「そっ……そうですか」
「あれ? もしかして、嬉しくないとか?」
「…………う」
「う?」
「……嬉しいに決まっています!」

 半ば自棄で言い切ると、先生はすぐに顔をゆるめた。

「良かったです」
「って、きゃああ! ……お、降ろしてくださいっ」
「なんだか、奈江の髪からいい匂いがしますね」
「やぁっ、ちょっと嗅がないでください。恥ずかしいです!」
「いいじゃないですか。ここは学校じゃないですし、俺たちふたりだけなんですから」

 確かにそうだけど……でも!
 いきなり抱きかかえられ、どうしていいか分からない。
 学校よりも数倍甘えてこられてきて、まるで酔っ払いのようなテンションで。
 そこで、はたと気づく。

「…………先生、酔ってます?」
「うーん。言われてみれば、少し飲み過ぎましたかね」
「と、とりあえず。……その、まずは降ろして頂けると嬉しいのですが」

 懇願するように言うと、今度は呆気なくフローリングに足がついて。
 再び捕まる前に、早足でシンクへと向かう。
 ウォーターサーバーから水をグラスに注ぎ、先生の元に戻る。

「あの、お水です。飲んでください」
「わざわざすみません」

 先生はごくごくと水を喉に流し込む。

「横になりますか? 頭痛とかないですか?」
「……元々、お酒は強い方なので大丈夫ですよ。それより、頼んでいたものは持ってきて頂けましたか?」

 いつも通りの口調で尋ねる先生は、ふらついた様子もなく。
 さっきはテンションが少々高かったけど、一応は信用しても大丈夫だろうと結論を出す。
 鞄から頼まれていたものを取り出し、先生の前に戻る。

「言われた通りに持ってきましたけど……どうするんです?」

 学校でお願いされたのは、文化祭で着たメイド服を持ってくることだった。
 とはいえ、先生が着るにはサイズ的に無理があるし。
 他に使い道といったら……何があるだろう。
 あたしが訝し気な視線を送っていると、先生は穏やかな笑顔を浮かべる。

「もちろん、服は着なければ意味がありません。ですから、今夜は俺だけのメイドになって頂こうかと」
「……えっと……?」

 聞き間違いかしら。
 今、とんでもない答えが返って来た……ような気がするんですけど。

「ひとつ、確認させて頂いてもいいでしょうか」
「どうぞ」
「先生ってまさか、そういうご趣味が……?」
「…………いえいえ。まさか」
「今、間がありましたよね?」

 すかさずツッコミを入れると、困ったような微笑に変わる。

「うーん、どういえば分かってもらえるのかな。……本当にそういう趣味はないのですが。文化祭のあなたの姿を見ていたら、独り占めしたくなったんです。あまりにも似合っていたので、もっと身近で見たくなったというか」

 先生はずるい。
 そんな言い方をされたら、断れなくなるじゃない。

「……着替えてきます」
「お待ちしていますね」

 脱衣所でメイド服に身を包むと、変な気分になる。
 変っていうか……浮いているような気がして落ち着かない。
 文化祭のときは皆が同じ格好だったけど、今は当然ひとりきりで。
 どうしたって恥ずかしさが込み上げてくる。
 けれども、いつまでもここに潜伏しているわけにもいかなくて。

「お、お待たせしました。……ご主人様」

 戻ると、先生は腕を広げて迎えてくれた。
 あたしがうろたえている間に、大きな腕の中に閉じ込められる。

「思わず食べちゃいたいくらい可愛いですよ」
「……! な、何を言っているんですか」
「信じて頂けないのなら、行動で示してみましょうか」
「んっ……」

 耳朶を甘噛みされ、本当に食べられそうな予感に襲われる。
 お酒のせいか、生暖かい息づかいが間近からして、くらりとした。
 いつもと違う先生の雰囲気に、あたしも飲まれているのかもしれない。

「奈江。目を開けてください」

 無意識に瞑っていた瞼を開く。
 目の前にいた彼は、素面と同じ瞳であたしの姿を映し出していた。

「……あの。この手は何でしょう」
「俺と踊って頂けませんか? 俺のパートナーは奈江しかいませんから」
「え……っと、この格好のまま……ですか?」
「もちろんです。後夜祭の続きですから」

 さも当然のように言われ、一瞬、目を丸くする。

(もしかして、先生も同じ気持ちだったってこと……?)

 後夜祭のパートナーは原則、生徒同士で。
 だから教師と生徒という枠組みのあたしたちは、一緒には踊れなくて。
 でも、本当は先生と踊りたかった。

「よ、よろしくお願いします……」

 先生の手に自分の手を重ね合わせる。
 そして、朝比奈くんと踊ったコロブチカをもう一度、踊り始めた。
 後夜祭のときとは違う緊張感のせいで、ぎこちなくなってしまったけど。
 なんとか最後まで踊り終えて。
 これ以上ないくらい満足感が広がり、自然と笑みがこぼれる。
 あたしを優しく見つめていた先生はしみじみと言う。

「今日ほど生徒であれば、と強く思ったことはありません。あなたの視線を独り占めする男には妬けてしまいますね」

 ぼぼぼっと顔の温度が急上昇する。
 こんなに過敏に反応してしまうのは、このメイド服のせいなのか。それともお酒を飲んで、いつもより三割増に色っぽく見える先生のせいなのか。

「せ、先生。お風呂はまだですよね?」

 頬の温もりを誤魔化そうと、強引に話題を変える。
 そんな心の内すら見透かしたように、先生は苦笑いを浮かべた。

「そうですね。シャワーを浴びてきますので、奈江は寝室で待っていてくれますか?」
「はい……」
「ではまた」

 ネクタイを緩めながら居間を後にする姿を見送り、寝室へ足を向ける。
 電気を点けると、黒のシーツで覆われたベッドが目に入った。
 思い出すのは、初めてこの部屋に入った日のこと。
 あの日は生徒だから、と拒まれるかもしれないという不安があって。
 何度か体を重ねる関係になったけど、時々信じられなくなる。
 ひょっとして夢なんじゃないか、と思う日があって。
 あの夜のことが随分前のことのように感じる。

(ん? あれは何かしら……?)

 視線が止まったのは、ベッドの横にある机の上。
 パソコン前にあるのは白いラベルを貼っただけのCD-Rだった。

(中身が気になるけど、勝手に見る訳にはいかないし。……ここは我慢よね)

 自分に言い聞かせていると、ふと身覚えあるものが目に入る。
 箱に入ったままのそれは大事に飾られていて、思わず手を伸ばす。

(……やっぱり。先生への結納の品だわ)

 手にしたネクタイピンをまじまじと見つめる。
 透明感のあるプラチナ製で、羽をモチーフにした美しい曲線が特徴のそれ。
 結納のときにチラリと見かけたものと瓜二つだった。

「それがどうかしましたか?」
「う、ひゃあ?!」

 弾みでネクタイピンを床に落としてしまった。
 慌てて屈むと、先生が先に拾い上げてしまっていて、ばつが悪くなる。

「ご、ごめんなさい」
「いえいえ。大丈夫ですよ。……何か気になるものでもありましたか?」
「えっ。……あ、いえ、その……」

 ごにょごにょと口ごもっている間に、無意識にCDに目が行ってしまっていたらしく。

「もしかして、これですか?」
「…………」

 無言は肯定だと思いつつも何も言えなくて。
 そうこうしているうちに、先生はCDをパソコンに取り込んでいた。
 カチカチとマウスを操作する音がし始めて数分。

「見てもらった方が早いと思うので、座ってください」

 促されるままにパソコンチェアに腰を下ろす。
 すると、すぐに再生されたものはビデオレターだった。最後は出演した人たちが持った用紙が合わさり、『純夏ちゃん、結婚おめでとう』というメッセージができあがっていた。

(……純夏? 相原さんも出ていたし、これってまさか……)

 頭の中で色々なことが符合していく。

「実は、なずなから披露宴用の動画編集を頼まれまして。昨日、頼んでおいたデータを貰ったので作ってみたんですよ。これは試作で、もう少し手を加えたら完成なんです」
「……じゃあ、相原さんが文化祭に来てたのって、データの受け渡しのためだったんですね」
「ええ。奈江もなずなと会ってたんですね」
「……え、えと。まあ」

 先生を信じると言っていたくせに、どこか信じ切れいていない自分がいたことへの罪悪感から目を逸らす。
 が、顎を掴まれて先生に視線が戻されてしまった。

「どうして目を逸らすんですか?」
「……は、恥ずかしいからです」
「俺は恥ずかしくないですよ。むしろ、ずっと見ていたいくらいです」
「……っ……」

 いちいち反応しちゃダメだと思うのに、言葉の魔力は絶大で。
 下に向けていた視線を上げると、すぐさま柔らかな唇が押し付けられる。
 短いキスの後、とびきりの甘い声があたしを誘惑する。

「主人の命令には黙って従うものですよ?」

 再び合わさる唇の感触に、全身に電流が走ったみたいで。
 舌を絡め取られ、いつも以上に求められる。

「……ふぅ……ん、……んぅ」

 甘ったるいキスの最中、いつの間にか頬に添えられていた手が胸元まで降りてきて。
 服の上から優しく包まれる。
 先生の手の温もりが伝わってきて、肌が粟立つ。

「……ぁ……やぁっ」
「嫌ではないんでしょう?」

 円を描くように触られ、もどかしく感じていると今度は強く揉みしだかれる。
 
「……やんっ! ……っ……はぁ……ん」

 キスの雨は首筋、鎖骨へと降り注ぎ、思考を乱していく。

「もっと俺を見て。俺のことだけ考えてください」
「……は、ふ……ぁ」

 あたしが意識を戻しかけていると、それを狙っていたかのように耳朶を舌で舐められた。

「ひゃぁ……っ」

 敏感になってしまった体は少しの刺激でさえ、官能な刺激に変わっていく。
 ワンピースとブラをずらされて肌が露になって。
 椅子に座らされた状態のまま、固くなった胸の頂きを強く吸われる。
 強く目を瞑るが、声を我慢するのも困難で。

「はぁん! い……やぁ……んぅ! ……ぁん……だ、め……」

 体の内側からの熱に、蕩けそうな感覚に襲われる。
 けれど、スカートを捲られて先生が下着に触れようとしているのに気づく。
 咄嗟に手でそれを遮ってしまう。

「……どうして止めるんですか?」
「……っっ……」

 言える訳がない。
 その場所が既に溢れんばかりに濡れているなんて、もし知られてしまったら。

(もう顔も見れない……)

 答えられずに俯いていると、先生が薄く息を吐く。

「嫌なら嫌って言っていいんですよ? 奈江が本当に嫌がることはしませんから」
「……いや、じゃ……ないです」
「本当に?」

 頷くと、先生の瞳がすぐ近くにあって。
 気づいた瞬間には唇が重なり、先生の舌が歯列をなぞって口内を掻き乱す。
 舌を絡めとられ、貪るようなキスに翻弄されていく。
 角度を変えながら、唾液が混じり合うような熱い口づけが続いて。
 徐々に、硬くなっていた体から余計な力が抜けていく。

「っん……ふぅ……んん」

 キスの合間、さっき拒んだ場所を指が往復するのに気づくが、とうに拒む気力はなくて。
 まもなくして、細い指が下着をずらして秘所へと忍び込む。
 潤いきった泉は簡単に指を飲みこみ、奥へと誘う。

「奈江はここが弱かったですよね」
「ぁああッ……ちょっ……ぁっっ、やぁあああッ」
「その表情、そそられますね」
「は、……ゃああッ……も、だめ……だめっ、んあっああっ」

 敏感な場所を責め立てられ、限界が近づく。
 だのに、先生は胸の突起に唇を寄せて、優しく啄みだす。
 両方からの刺激にあたしはとうとう陥落した。

        ......

 ギシギシと軋む音に合わせ、揺さぶられる体。
 繋がった場所から溢れだす蜜のせいで、律動が送り込まれるたびに淫靡な音が洩れる。
 ベッドで重ね合う肌は心地よくて。
 何度も追いつめられながら、最後まではなかなか達せなくて。
 ギリギリのところで意識を繋ぎ止められる。

「せっ、せんせ……! あン、あああぁんッ」
「メイド服を脱いでも、今日が終わるまでは俺だけのメイドのはずですが」
「……んっ、ぁあ……も、ゆる……して」
「奈江。主人へのお願い方はどうしたらいいと思いますか?」
「ゃあッ、はぅ……んんっ! やぁん……ご……ご主人……さま……?」
「何でしょう」
「……んぁッ……ゆ、ゆるして……ンっ……くだ、さい……」

 何も考えられなくて、促されるままに口にする。

「少し意地悪が過ぎましたかね。……実は俺もとっくに限界なんですよ」

 先生の吐息が耳元でした気がするけど、あたしの意識はもう切れかかっていて。 
 激しく突き上げられ、先生の背中に回した腕に力を込めた。

        ......

 目が覚めると掛け布団の中にいて。
 すぐそばには、寝息を立てた先生の横顔があった。
 そこで、ようやく彼の腕枕に包まれていたことに気づく。
 婚約者の寝顔を眺め、目元にかかった前髪をそっとのけてみる。
 全く起きる気配がないことから、きっと先生も文化祭で疲れていたんだろう。

(お見合い相手じゃなかったとしても……先生に選ばれるような女性になればいいのよね)

 朝比奈くんの言う通り、今はまだ表面的な好きだったとしても。
 これからもっと好きになってもらえれば。
 結婚してから後悔させることにはならないはず。
 そのためにも、自分磨きに励もうと目標を新たにした。