恋のパレード

Love Summer! -4-

 試験週間は原則、部活動は禁止となっている。
 そのため、放課後の図書室は人口密度がやたらと高い。
 家での勉強が捗らない者や、勉強会を行う生徒たちで自習スペースは満席状態だ。
 かく言う、あたしたちもその輪のひとりなのだが。

「ん? でもみのりって、そんなに成績悪かったっけ?」

 記憶が確かなら、追試の常連とかではなかったはず。
 中学からの付き合いだが、高校入試も何とか乗り切っているわけだし。
 そう思って、何気なく聞いた質問だったのだが。
 シャーペンを走らせていたみのりは手を止め、空を仰いだ。

「……昔から理数系は苦手なんだよね。公式も問題文に載せてくれたらいいのに」
「いやいや、それだと試験する意味ないから」

 ツッコミを入れると、彼女は教科書に突っ伏した。

「うー……。分かってますよう……これ全部覚えなきゃいけないんだよね」
「あ。今度は前回の範囲も含むから、ここもね」

 ページを広げてみせると、ちらりと視線が向けられる。
 それから盛大なため息が聞こえてきた。

「…………絶対、大学は文系のとこにしてやる」

 どうやら、あたしの発言は彼女の闘志に火をつけてしまったらしい。 
 期末試験に向けて、放課後の勉強会は毎日遅くまで続いた。

        ......

 五日間の試験は滞りなく終わって。
 みのりは特訓の成果もあってか、赤点だけは免れたはずと喜んでいて。
 そして、待ち望んでいた週末がやってきた。

(今夜は二週間ぶりのお泊まり。だからきっと、キス以上のこともあるはず……よね?)

 彼と直接肌を合わせなくなってから早一ヶ月。
 メールはほぼ毎日していたし、今日だって家まで迎えに行くと申し出てくれて。
 わずかな緊張を伴いつつ、彼の車が到着するのを待つ。
 傘を差す手が冷たくなってきた頃。
 見覚えのある車種がゆっくり近づいてきて、あたしの前で停まる。
 助手席側の窓が開き、先生が焦ったような声で促す。

「お待たせしてすみません。乗ってください」

 乗りこむと、すぐに車は発進して。
 しばらく無言のまま直進の道を走っていると、不意に心配そうな眼と目が合う。

「だいぶ待たせてしまったんじゃないんですか?」
「い、いえ……そんなには」
「その割には指先が冷たくなってますよ」

 ハンドルを握る手とは逆の手が、あたしの両手を上から包んでいた。
 小さな嘘を見破られて視線が泳ぐ。
 けれど信号が青に変わったせいで、彼の温もりは雪のように消えてしまった。

「ご、ごめんなさい……」

 蚊の鳴くような声で謝罪する。
 先生は前を向いたまま、困ったように言った。

「すみません。責めているわけではないんですよ。てっきり、家の中で待っていると思っていたものですから」
「その……先生に会えると思うと、気持ちが急いてしまって」
「でしたら、要因は俺にもあるということですね」

 そう呟くと、気持ちアクセルを踏む角度が変わった気がして。
 いつもより早い速度で、彼の家へと向かっていた。
 マンションの地下駐車場に車が滑りこみ、やがてエンジン音が完全に消える。
 シートベルトを外し、ドアの取っ手に指をかけたところで、ふと。

「充電が切れました」

 背中越しに抱きしめられ、あたしはうろたえた。

「な、何のですか? というかあの、苦しいです……」
「一日に一回はこうして抱きしめないと力が出てこないんです」
「そ……っ、そんなわけないでしょう」

 慌てて否定すると、呻くような声が続いた。

「いいえ。会えない時間が長くなればなるほど、この身が引き裂かれそうなほど苦しいんです。仕事もあまり身が入らなくなって困っています」
「ちょ?! それって思いっきり支障が出てるじゃないですか!」
「全くもってその通りです。なので、しっかり充電させてください」

 切々と訴えられ、無下に扱うこともできず。
 しばらくそのままでいると、やっと先生の腕から解放された。
 あたしは体の向きを直し、彼を真正面から見据える。
 しかし、彼が口を開く方がわずかに早かった。

「試験があるたび、こうして会えない日々が続くのかと思うと、転職を考えてしまいます」
「なっ――」
「ですが、学校で会えなくなるのはもっと辛いです……」

 神妙な顔で言われ、冗談なのか否か、咄嗟の判断に困った。
 とはいえ、辛いということは表情を見れば明らかで。

「……先生は、先生のままでいてください。今が一番、素敵だと思います」

 何とかひねり出した言葉をぶつける。
 だけど先生は大きく目を見開いたまま、動かなくなってしまった。

(あれ? あたし、変なことを言ったかしら……)

 悶々としていると、先生が照れたように頬を掻いた。

「困りましたね。これはもう、何があっても辞めるわけにはいきませんね」

 先生はとびきりの笑顔を見せたかと思うと、車のキーを抜いて一足先に降りた。
 ドアの閉まる音が聞こえ、惚けていたあたしも慌てて外に出る。
 すると、先生は既に助手席側に回りこんでいて。

「あ……」

 気がつくと、正面からぎゅっと抱きしめられていた。
 そして熱い眼差しが注がれて。
 身体がその場に縫いつけられ、彼から視線が逸らせない。
 久しぶりの口づけは何度も啄むようにされ、全身から力が抜けていく。
 彼の部屋に入る前から、幸せなひと時に酔いしれてしまって。
 気恥ずかしい思いとともに、彼に手を引かれながら部屋へと向かう。
 お互いを求めあう気持ちが交差し、今夜は素敵な夜になると信じて疑わなかった。
 けれども、その日もおやすみのキス止まりで。
 あたしは愛する人の寝息をそばで聞きながら、最大限に眉根を寄せていた。

(これは好き云々よりも……あたしとすることに飽きたとか?)

 考えられる可能性を次々に挙げていく。
 だが、どれもしっくりこない。
 本当は本人に問いただすのが一番だとは分かっている。
 けれど、話題が話題なだけにストレートに訊くのは羞恥心が邪魔をして。 

(それとも高校生の子供では満足できなくなった、ということかしら。先生は大人だからテクニックのある経験豊富な女性じゃないと……とか)

 深夜の乙女の悩みは、とうとう答えが出ないまま朝を迎えた。

        ......

「奈江お嬢様。奥様がお呼びです」

 奧埜の後に続き、応接間の向こうの広間に入る。
 そこには満面の笑みのお母様が仁王立ちし、待ち構えていた。

「一体、何なのですか?」

 部屋の雰囲気が明らかに違う。
 中央にはカーテンで区切られたスペースがあり、照明も足元のみ。
 異様な気配に眉を寄せていると、お母様がパンパンと両手を大きく叩いた。
 それを合図に一斉にカーテンが開く。
 薄暗い部屋が明るく照らし出され、先程まで隠されていた正体が暴かれていく。

「……っっ」
「どう? 奈江ちゃん、びっくりしてくれた?」

 嬉々として尋ねてくる声が、耳から耳へすり抜ける。
 あたしは予想外の光景に目を奪われていた。
 だって、目の前には純白のドレスが無数に陳列されていて。

(……ウェディング……ドレス)

 女の子なら一度は憧れる衣装。
 大好きな人と向かい合い、誓いの口づけを交わす神聖な儀式で着るドレス。
 幼い頃、いつかは自分も結婚式をすると漠然と思っていた。
 だけど今、その夢が現実になろうとしている。
 全身の血流がめまぐるしく駆け巡り、あたしはほうっと息を吐く。

「選りすぐりを集めたの。どれでも好きなのを選ぶといいわ」
「…………」
「あら。お気に召さない?」
「……いいえ。ちょっと、びっくりしただけです。……本当に結婚するのだと思って」

 反応に困りながら言葉を返す。

「そうね。まだ十七歳だものね。戸惑うのも無理はないわ。でも大丈夫、奈江ちゃんはひとりじゃないから。これからは彬さんがあなたのそばにいるわ」
「……はい」
「じゃあ、今日はとことん親孝行して貰うわよ」

 その宣言通り、次から次へと渡されたドレスに視界を遮られることになった。
 宝石のように目を輝かせた母親が満足するまで、試着会は続いた。