恋のパレード

君だけを愛していたい -1-

 夏休み明けの新学期。
 相変わらず暑い日が続いていたが、空は秋色に染まりつつあって。
 入道雲からひつじ雲、筋雲に変わってきている。
 そんな中、夏休み気分を払拭させるように行われた全国模試。
 その結果が返ってきたと思ったら、今度は中間試験の範囲が発表されて。
 二年生は修学旅行があるため今回に限り、他の学年より試験日程が早くなっているのだ。

「試験勉強もしなきゃいけないのに、修学旅行委員でこき使われるなんて反則だよー」

 みのりの嘆きに、あたしは苦笑いした。
 修学旅行は来月下旬だが、その準備は一ヶ月以上前から始まる。
 春に修学旅行委員に選ばれたのは、みのりと小清水さんのふたりで。
 学年集会で配布される資料作りなどで、放課後はしばしば呼び出されていた。

「いっそ、試験免除とかにしてくれないかなあ……」
「現実逃避するのは結構だけど、後々困るのはみのりだと思うけど」
「ぐさっ……」

 とどめを刺されたように、みのりは机に突っ伏してしまう。

「……仕方ないわね。山かけ手伝ってあげるから」

 ため息まじりに言うと、途端に彼女の機嫌が良くなる。
 パアッと瞳を輝かせて起き上がる友達に、あたしは内心やられた、と思う。

(まったく。調子がいいんだから)

 試験日程のプリントと修学旅行のしおりを見下ろし、思いを巡らす。
 日下部先生は二年の副担任も務めている。
 だからクラスは違えど、当然彼も旅行に引率するはずで。
 交流の機会はないとは分かっているけれど、それでもやっぱり嬉しくて。
 再来月には結婚式も控えているし。
 彼と一緒にいられる時間が増えると思うと、期待で胸が膨らんだ。

        ......

 一日の疲れを癒すリラックスタイム。
 最近はキャンドルの光の中、ゆったりと入るのがマイブームで。
 奧埜曰く、今日は薔薇風呂らしい。
 そんなわけで気分よく服を脱いでいったのだが、ふと違和感を覚えて。

「……ん?」

 一瞬、気のせいかと流そうとした自分に待ったをかける。
 おそるおそる鎖骨に手を当てた。

「え、嘘……?! 指輪がない……?!」

 そこにあるべきものが、なかった。
 異変に気づき、脱いだ服をひっくり返してチェーンを探したけれど、見つからなくて。
 自分の部屋に急ぎ戻り、部屋中をくまなく捜索する。
 しかし、どこにも影も形もなくて。
 フローリングにぺたりと座りこみ、あたしは途方に暮れた。

        ......

 翌日クラスメイトに聞きこみを行ったが、芳しい情報は得られず。
 みのりの助言により、前日の行動を振り返って。
 進路研究の授業で使った一年の教室も行ってみたが、やっぱり見つからなくて。
 失意の中、あたしは母親の代理でパーティーに出席していた。

(ああもう。こんなところにいる場合じゃないのに)

 心の中で愚痴りながら、適当に話を合わせる。
 だが、普段は苦にならない愛想笑いもそろそろ限界だった。
 頃合いを見計らい、飲み物を取りに行くフリをして会話から抜け出す。
 さっさと帰りたい気持ちをため息に逃がすと、後ろから親しげな声がかかる。

「おー。お前も来てたのか」
「……なんだ、彗か」
「随分な挨拶だな。っていうか、心ここに在らずって感じだし……。婚約者がそばにいないと不安とか?」
「そ、そんなわけないじゃない」
「嘘だな。俺に見え見えの嘘が通じるわけないだろーが」
「…………」

 婚約指輪を紛失したのは、明らかに自分の過失で。
 本当は真っ先に報告すべき事案なのに、まだ彼に言い出せていなかった。
 先生の落胆した顔を思い浮かべると。
 ズキズキと胸が痛み、とても言い出す勇気は出てこない。
 明日は彼に会える金曜日。
 貴重な試験前のお泊まりだっていうのに、このままじゃ会わせる顔がない。

「何があったか知らねーけど、旨いもんでも食って元気出せよ」

 彗は手近にあったローストビーフのお皿を突きつけた。
 彼なりの励まし方に笑いがこぼれる。
 お皿を受け取ると彗は誰かに呼ばれて、またな、と背中を向けた。
 その後ろ姿を見送っていると、彼が話している輪の中に懐かしい人影を見つけて。

(ちょっと……似てる……?)

 視線を釘づけにしたのは、古い記憶と似た横顔だった。
 年齢は先生と同じくらいの青年。
 その面影はどことなく初恋の君と似ていて、心が騒ぎだす。
 別人だと分かっているのに、なぜか視線が逸らせなくなっていた。
 今、あたしが好きなのは彼じゃない。
 好きなのは瞳を閉じればすぐに浮かぶ、英語教師の日下部先生。
 しかし、一度燻った昔の恋心はなかなか制御できなくて。

(……どうして……?)

 未練なんてこれっぽっちもない、と思っていた。
 ところが現実には初恋の彼と似た人を見かけただけで、この有様だ。
 ざわざわと波打つ感情は果たして、後悔からのものなのか。
 あのとき友達に遠慮せず、告白していれば結果は変わっていたかもしれない。

(……いいえ、違うわね。これほど心を揺さぶられるのは……先生だけだもの)

 昔の気持ちとは比にならないくらい、先生が愛おしい。
 それなのに、あたしは大好きな彼から贈られた指輪を紛失してしまった。
 再び落ちこんでいると、ふと肩を叩かれ、視線を横に転じる。

「常盤先輩。偶然ですね」
「な……っ、どうして朝比奈くんがここに?」
「やだなあ。今回のレセプション、うちがスポンサーなんですよ」
「……そうなの?」

 尋ねると、ええそうです、と軽やかな声が答える。

「ところでお料理、お口に合いませんでしたか?」
「え?」
「さっきから難しい顔をしたまま、そのお皿も手をつけていないし。もし具合が悪いようなら、休んだ方がいいんじゃない?」
「……あ、ううん。違うの」

 このどんよりと沈んでいる原因は別だから。

「じゃあ、何があったんです? 一人で溜めこんでるより、誰かに吐き出した方が楽になれると思うよ?」
「…………」

 あたしはしばし悩んだ。
 優しく語りかける声は、弱った心を優しく包むようで。
 躊躇したものの、結局は彼に促されるままに全てを話していた。
 その結果。てっきり慰めの言葉で終わるだろうと思っていたのに、朝比奈くんは焦ったような顔つきになった。

「先輩の探し物なら心当たりがあるかもしれない。少し待っていてください」

 言うなり、彼はバタバタと会場を出て行ってしまう。
 それから数分後。
 少し息を切らし、何かを手に包んだ状態で戻ってきた。

「もしかして、これじゃないですか?」

 朝比奈くんが手を広げると、ハンカチに包まれたアクセサリーが姿を現す。
 チェーンに通されたプラチナリング。
 ハート型ダイヤモンに寄り添う、小さなピンクダイヤモンド。
 それは毎日首から下げていた婚約指輪に違いなくて。

「これだわ……っ。でも、どうして朝比奈くんが持っているの……?」
「掃除のときに教室で見つけたんだ。高校生が持つには立派な指輪だったし、担任に言っても没収されるだろうから預かっていて」

 種明かしされ、あたしは全身から力が抜けていくのを感じた。

「ともかく、ありがとう……。無事に見つかって本当によかったわ」

 指輪を受け取るべく両手を差し出す。
 しかし指先に触れる直前、チェーンが再び宙に浮いた。
 どういうつもりかと顔を上げると、朝比奈くんは挑戦的に言い放つ。

「こちらをお返しするには、ひとつ条件があります」