恋のパレード

君だけを愛していたい -2-

 金曜日がやってきた。
 いつもなら、朝からそわそわとしているのだけど。
 今日ばかりはそうもいかなくて。
 考えるまでもなく、昨夜のパーティーでのやり取りが原因だった。

『こちらをお返しするには、ひとつ条件があります』

 婚約指輪が見つかって喜んでいたのも束の間。
 朝比奈くんは指輪を返す代わりに、恋人のフリをしてほしいと言ってきた。
 なんでも幼馴染に結婚を迫られていて。
 断るために協力してほしい、とのことだった。

(今週のお泊まりはどうしよう……)

 もし指輪がないことが知られたら、どう言い訳をすればいいだろう。
 あたしは悩みに悩んだ末。
 朝比奈くんから指輪を取り戻すその日まで、先生と会うのは避けることに決めた。
 電話で急用が入った旨を伝えると、彼はすんなりと承諾してくれて。
 内心とても心苦しかったけれど、背に腹は変えられない。
 ひとりで寝る夜の寂しさを感じながら、明日に備えて目を閉じた。

        ......

 そして週末の土曜日。
 本来なら、先生の家でまったり過ごしている頃。
 待ち合わせに指定された公園で、あたしは朝比奈くんが来るのを待っていた。

(それにしても、恋人のフリって何をしたらいいのかしら)

 暇を持て余し、広い公園内を眺める。
 芝生で遊ぶのは子供連れの親子、その脇道には犬の散歩をしながら談笑する奥様たち。
 そしてベンチで日向ぼっこしている老夫婦。

(今更だけど、若いカップルはいないわね……)

 今日のプランは彼任せになっていて。
 これからどこへ行くのか、詳細は全く知らされていない。
 本当にこんな手探りの状態で、偽恋人なんてできるのか甚だ謎なんだけど。

「常盤先輩。お待たせしました」

 振り返ると、朝比奈くんと知らない女性が立っていた。
 歳は彼と同じくらいだろうか。
 黒地に桜を散りばめた和服は、夜桜を彷彿とさせるデザインで。
 ただの同級生とは思えない気品が漂っていた。
 好奇心と敵対心をチラつかせた視線を感じていると、朝比奈くんが口を開いた。

「こちら、お付き合いさせてもらっている学校の先輩で、常盤財閥令嬢の奈江さん。こいつは僕の幼馴染で……」

 朝比奈くんの紹介に、彼女が一歩前に出た。
 それから優雅に一礼し、鈴のような声で滑らかに話し出す。

「はじめまして。わたくし、桐生院紫桜(きりゅういん・しおう)と申します。翼様とは幼少の頃からお世話になっておりまして、それからずっとお慕い申し上げておりました」
「……常盤奈江です。はじめまして」
「早速ですが、奈江様は翼様をどのくらい愛していらっしゃるのですか?」
「……はい……?」

 いきなりの質問に面喰らっていると、紫桜さんはずずいっと顔を近づけてきた。
 至近距離で見つめられること数秒。
 固まったあたしを見かねてか、朝比奈くんが間に割って入る。

「初対面でいきなりそんなこと言われたら、誰でも戸惑うだろっ」
「そうでしょうか。わたくしは全然構いませんけれど」
「いや、お前は例外だから」
「あら……あんまりな言い様ですわね」

 彼女は伏せ目がちに俯いたかと思えば、すぐに立ち直ったらしく、顔を上げる。

「まあ、いいですわ。翼様との仲は今日じっくり観察させてもらいますから。今日一日、どうかよろしくお願いしますわね」
「……えっ?」
「そういうわけなんで、行きましょう」

 朝比奈くんに強引に手を取られ、あたしは公園から連れ出された。
 後ろから紫桜さんがついてくる。
 けれど、彼が立ち止まったのは案外早かった。
 波型の近代的な建物を見上げていると、再び手を引かれる。

「さあ、入りましょうか」
「ここは美術館……?」
「ええ。ちょうど今日から展示が始まるやつがあって」

 嬉々としていう横顔は、本当に楽しみにしていたみたいで。
 入場券を渡され、あたしたちは静寂が支配する空間に足を踏み入れた。

        ......

(なんだかんだ言って結局、楽しんじゃった……)

 どちらかというと、現代アートは苦手なんだけども。
 出口の近くに作られたスペースでは、中世ヨーロッパのファッション展示があって。
 ガラス越しに見る服はどれも素敵で。
 朝比奈くんほどじゃないけど、あたしなりに充分楽しんでしまった。
 しかしながら。
 美術館デートが終わっても、はい解散、とはならなくて。
 近くの喫茶店でお茶をすることになった。
 二人用の席に案内され、紫桜さんは隣のテーブルに腰を下ろした。

「先輩は何がいいですか?」

 横から痛いほどの視線が突き刺さり、あたしは身を固くする。
 見られていると思うと、どうも落ち着かない。

「……任せるわ」
「了解です」

 言うなり、彼は手早く注文を済ませた。
 朝比奈くんの雑談に相槌を打ってると、店員さんが接客スマイル全開でやってきた。

「お待たせしました」

 どーん、とテーブルに鎮座したパフェは通常より一回り大きくて。
 店員さんがごゆっくり、と立ち去るのを見送り、あたしは口を開いた。

「え……っと。これは?」
「カップル限定のパフェだって。先着5名様限定の増量キャンペーンやってて」
「……このストローは? スプーンもひとつ足りないけど……」
「ああ。それなら、向こうの席にいい見本が」

 指をさされた方角を見ると、やたら密着度の高い男女がいた。
 彼女が甘えた声で、彼氏の口元に生クリームを掬ったスプーンを持っていく。
 あーん、という声がした後、彼氏がバトンタッチする。
 羞恥心を一切感じさせず、交互にスプーンを掬いあう光景が繰り広げられる。
 かと思えば、同時にハート形のストローに口をつけた。

(………………まさか)

 ちらりと朝比奈くんを見ると、にこやかに微笑まれて。
 アイコンタクトで無理だと伝えるが、彼は何のためにここにいるのかを目で問いかける。
 あたしがここにいる理由。
 それはもちろん、人質にされている指輪のためだ。

「…………」

 あたしはいろんなプライドを捨て、先ほど見た光景をできる限り再現した。
 パフェを半分まで食べ終えると、椅子を引く音がした。
 一部始終を見ていたであろう紫桜さんは、ふらふらと席を立つ。
 彼女は無言のまま歩み寄ってきて。

「……奈江様。わたくしは負けませんわ!」

 捨て台詞を吐くなり、そのまま背を向けて早足で去っていく。
 あたしは厄介な頼み事を引き受けてしまったことに、今更ながら後悔していた。

        ......

「常盤先輩。僕も一緒に帰っていいですか?」

 下駄箱から靴を取り出そうとした矢先。
 声の方を見ると、生徒玄関のドアにもたれかかるようして朝比奈くんがいて。

「……これって待ち伏せ?」
「まあ、客観的に見ればそうなりますね」
「…………はあ。どうせ、勝手についてくる気でしょ」

 あたしは靴に履き替えて、さっさと歩き出す。
 朝比奈くんは困ったように笑った後、黙って横に並んだ。
 彼を一瞥し、胸の内で深いため息をこぼす。

(正直ちょっと……甘く見ていたのかもしれない)

 どっと疲れた週明け。
 指輪のためとはいえ、恋人を演じるというのは想像以上に大変だった。
 紫桜さんの言葉を思い出すたび、憂鬱が波に乗って押し寄せる。
 今後のことを考えると不安しかない。

「そういえば、紫桜さんはうちの学校じゃないのよね?」

 確認するように言うと、朝比奈くんは有名な女子校の名前を出した。

「え、それって難関だっていうお嬢様学校じゃない……」
「常盤先輩の家ほどじゃないけど、紫桜の家もそこそこ知名度が高いから」
「ふうん……。彼女とは幼馴染って言っていたけれど」

 一旦そこで言葉を切り、彼の反応を窺う。
 朝比奈くんは視線を外し、あたしが聞きたかったことを話してくれた。

「ええ、まあ。昔から求婚自体はされてたんだけど、子供の口約束だったので。まさか、高校生になっても本気で迫られるなんて思っていなくて困ってて。……近くにいるのが当たり前だったから、妹にしか思えなくて恋愛対象にはなり得ないっていうか」

 その気持ちは分かるような気がした。
 彗も幼いころから近くにいるのが当然で。
 好きと言われても、兄弟愛みたいにしか捉えることができなかった。

(とはいえ。ひたむきに想い続けるのは、きっと簡単なことじゃない)

 なのに、彼女は朝比奈くんだけを見つめていて。
 あたしは自分に望みがないと知ってから、恋をすることさえ避けていた。
 諦めない姿勢は尊敬すると同時に、応援してあげたい。

(でも諦めてもらうしかないのよね……)

 板挟みの葛藤を抱えながら、あたしは息をそっとつく。
 結局、朝比奈くんは律儀にも最寄駅の改札口まで送ってくれた。

        ......

 その日の夜は全然眠気が来る気配はなくて。
 入浴後、あたしは眩しいくらいに光る満月を見上げていた。

(……何だか、朝比奈くんに振り回されてばかりな気がするわ)

 げんなりとバルコニーにもたれかかる。
 ひんやりとする夜風に当たってると、羽織っていたカーディガンが短く振動した。
 ポケットに手を突っ込み、メールが来たことを確認する。
 差出人は先生の名前で。
 急いで文面に目を通すと、今週の予定は大丈夫かという内容だった。

(行きたいのは山々だけど、ここは日を改めさせて貰うしかない……わよね)

 あたしは辛い気持ちを押し殺し、返信メールを作成する。
 先生から了承の連絡はすぐに来た。