恋のパレード

君だけを愛していたい -3-

 中間考査が終わると、修学旅行に向けて本格的に準備が始まった。
 旅のしおりが配布されたり、学年集会では学年主任から長々とした注意事項を聞いて。
 自由行動の班はくじ引きで決まり――その結果。
 あたしはみのり、織部さん、静山くんの四人のグループになった。

(正直、難波くんとみのりが同じ班になればいいのに、って思っていたけれど……)

 現実はそう簡単にはいかないようだ。
 ふたりは未だに宙ぶらりんの関係で、なかなか距離が縮まらなくて。
 この旅行で何らかの進展があれば……もしかして、と密かに考えていたのだが。
 班が別になった以上、それは難しいだろう。

(って今は他人のことより自分のこと、よね……)

 はたと我に返った瞬間、ブルーになる。
 挙式はもう来月に迫っているのに、時間だけが無為に過ぎていく。
 彼との幸せの未来はもう目前。
 本来ならワクワクしているはずが、不安に駆られる毎日を過ごす羽目になっている。
 全ては自分のせいだと分かっているけれど。

(やっぱり……さびしい……)

 自分から会うのを断っておいて、ずいぶん自分勝手だとは思う。
 けれど会えない時間が長くなればなるほど、彼のことばかりを考えてしまって。

「常盤ちゃんはどこか行きたいところある?」

 みのりに聞かれて顔をもたげると、織部さんも興味津々でこっちを見ていた。
 今は、自由行動のルートを決める時間で。
 どこに回るか、どういうルートで行くかを皆で話し合っていたのだと思い出す。

「あ……ううん。あたしは特にないから、皆の行きたいところに合わせるわ」
「そっかーじゃあ、静山くんは?」
「僕はご当地の美味しいものが食べれたら満足。あとは女子に任せるよ」
「ふむふむ」
「……となると、堤さん。ここら辺とかいいんじゃないかなー」
「そうだねー。あ、このお店行きたい!」

 みのりと織部さんが楽しげに話していたけれど。
 あたしは指輪のことで頭がいっぱいで、それどころじゃなくて。

(修学旅行前に何としてでも指輪を取り戻さなきゃ……皆に迷惑かけてしまうわ)

 そのための方法はひとつ。
 非常に不本意だけど、かの令嬢には早々に朝比奈くんを諦めてもらわねば。

        ......

 週の半ばに入り、気分は更に下降中だった。
 時計の針は夕方6時を過ぎたころ。
 あたしは、まとまらない考えに業を煮やしていた。
 溜まった鬱憤を晴らすこともできず、意味もなくベッドで転がるほどに。
 偽恋人としてどう振る舞えば、恋敵が諦めるか。
 その方法を編み出そうと日夜考えに巡らしていたが、一向に妙案が思いつかないのだ。

(自分が恋愛経験に乏しいことを忘れていたわ……)

 けれども盲点に気づいたところで、解決には結びつかない。
 もう一度、ため息を吐こうしたときだった。
 今一番恐れているメロディが音を奏で出した。

「……っっ……」 

 恐々とベッドの端に転がるケータイに手を伸ばす。
 それから画面に表示されている名前を確認し、あたしは眩暈を覚えた。
 まだ着信メロディは鳴り続けている。
 肩から力抜いて、深呼吸を数回。
 意を決して通話ボタンをえい、と押した。

「はい、もしもし……っ」
『こんばんは。奈江』
「こ……こんばんは。ええと、どうかされたんですか?」
『実は今日は仕事が早く終わったので、これからお食事でもどうかと思いまして』

 優しい声に、突発的に涙が出そうになった。
 本当は今すぐにでも彼に会いたい。
 しかしまだ、先生の瞳を直視することはできそうになくて。

「……すみません。今夜は家族との約束がありまして。またの機会にお願いします」
『そうですか。こちらこそ、いきなり申し訳ありません』
「いいえ、そんな……とんでもないです」

 彼は何ひとつ悪くないのに。
 一体、いつまで婚約者に嘘を重ねたらいいのだろう。
 終わりの見えない不安に、あたしは軛に繋がれたみたいな感覚に襲われる。

『ところで今週の金曜日ですが……』
「……あ、ええと……」
『その様子だと既に予定がおありのようですね』
「ごめんなさい! この埋め合わせは必ずしますから……っ」
『いえいえ、どうかお気になさらず。重要な用事があるわけでもないですし、俺はいつでも構いませんから』

 ではまた、と先生の声がプツリと途切れてしまう。
 最近は学校でも彼に会わないよう、わざわざ遠回りすることも多くなって。
 以前なら、偶然会えたときには寧ろ嬉しかったのに。
 日を追うごとに気まずい思いが強くて。

(さすがに、そろそろ怪しまれているわよね……)

 断る理由も尽きてきたし、不審がられているのは明らかだと思う。
 なのに先生が追求することはなくて。
 結婚式の打ち合わせは、奧埜から伝え聞くのみだけど。
 彼にばかり頼ってばかりではいられない。
 自分が犯した過ちは、自分で解決しなければ――。
 先生に胸を張って会えるように、あたしはぐっと拳を握りしめた。

        ......

 今日は台風が近づいているせいか、風がやたら強い。
 腰まで伸びた髪が右へ左へとさらわれて。
 そのたび視界を遮られ、あたしは髪ゴムを持ってくるんだったと後悔した。
 と不意に、急いだような足音とともに名前を呼ばれる。
 走ってきた後輩は当然のように隣に並んだ。

「ふう。やっと追いついた」

 彼は息を少し切らし、あたしが口を開く前に喋り出す。

「せっかく待ってたのに、置いて帰るなんて薄情ですね」
「……ねえ、朝比奈くん。下校時まで恋人のフリをする必要ってあるの……?」

 紫桜さんは名門の女子校に通っているはずで。
 別の高校である以上、偽恋人の仕事はないと考えるのが妥当だった。

(というより、先生の言い訳を考える方の身にもなってほしいわ……)

 つい眉間に皺を寄せていると、朝比奈くんが校門前で立ち止まる。

「理由だったら、ありますよ」
「……ちなみに聞くけど、どんな理由?」
「それはもちろん、先輩と一緒にいたいから。歳が近い僕の方が、気兼ねなく付き合えるっていうアピールにもなるし」
「朝比奈くん。それは――――」

 けれど、言葉は最後まで続かなくて。
 突如、会話を切り裂いたのはキキィという激しいブレーキ音だった。
 横長の車体はパール色で、どことなくゴージャスな雰囲気を醸していて。
 呆気にとられていると、後部座席の窓が開く。
 そこから顔を覗かせたのは深窓のお嬢様。

「ごきげんよう。奈江様、翼様」

 朝比奈くんは前髪をかきあげ、嘆息した。

「……紫桜。一体、何しに来たんだ?」

 つれない態度に気に留めた様子もなく、彼女は艶やかに笑って見せた。
 爛々と輝く瞳があたしに向けられる。

「ふふ、そんなの決まっていますわ。奈江様、いざ尋常に勝負ですわ!」

 息巻くお嬢様の熱烈な申し込みに、あたしたちは顔を見合わせた。

        ......

「もういいだろ」

 終止符を打ったのは、審判役をやらされていた朝比奈くんの声だった。
 学校から強引に連れてこられた場所は、紫桜さんの豪邸で。
 勝負内容は淑女の嗜みとして、テーブルマナー、生花、お琴、ダンスと続いた。
 そして結果はというと。

「どうして勝てないんですの……」
「これ以上は時間の無駄だ。結果はどれも常盤先輩の圧勝なんだし」
「非常に口惜しいですが、どうやらそのようですわね。奈江様、わたくしの敗北ですわ」

 勝負前はあんなに自信に満ちていたのに、今はその影すらなくて。
 凹む姿を見ていると、罪悪感がひしひしと募る。

(……何だか悪いことしちゃった、かしら)

 しかし、自尊心の強い彼女のことだ。
 もし勝負に手を抜くような真似をしていたら、更に傷つけていただろう。

「常盤先輩。遅くまで付き合わせてすみません。僕たちはもう帰りましょう」
「え? あ、うん……そうね」

 帰る前に声をかけた方がいいかしら、と紫桜さんをちらりと見る。
 だが、彼女は使用人に何やら耳打ちされていた。
 どうしたんだろう。
 あたしの疑問に答えるように、紫桜さんが顔を上げる。

「お待ちくださいませ。今、外に出るのは控えた方がいいと思いますわ」

 制止の声に朝比奈くんが振り返る。

「どういうことだ?」
「台風接近に伴い、先ほど警報が出たそうですわ。よろしければ今夜は我が家にお泊りくださいませ。客室をご用意させていただきます」
「常盤先輩……どうします?」

 窓辺を見やると、確かに風だけでなく雨脚は強くなる一方で。

「……ここはご好意に甘えさせてもらった方がいいようね」
「では、決まりですわね」

 紫桜さんは嬉しそうに両手を重ねた。
 びゅうびゅうと吹き荒ぶ音が窓を揺らしていた。