恋のパレード

君だけを愛していたい -10-

 週明けの月曜日。
 お昼休憩にクラスメイトから来客だよ、と名前を呼ばれて。
 廊下に出ると、訪問者は朝比奈くんだった。

「こんにちは、常盤先輩」
「……どうしたの?」

 訝しむように見やると、彼は肩をすくめた。

「先輩にはお世話になったので、報告しておこうかと思いまして」
「報告?」
「ええ。ですが、ここだとゆっくり話せませんし、中庭に場所を移しませんか?」

 提案を受け入れ、あたしたちは中庭のベンチに並んで座る。
 真夏は直射日光と高温でとても近づけなかった場所。
 けれど今は、秋の日差しで満ちた光の空間になっていて。
 ぽかぽした陽気が心地いい。
 上の階から聞こえる喧騒すら、どこか遠くに感じた。

「実はこのたび、僕も正式に婚約しまして」
「それって……」
「両親の前で紫桜と結婚の誓いを立てました。報告したかったのは、この件です」
「……おめでとう、でいいのよね?」

 確認すると、朝比奈くんは照れたように笑う。

「何だか、先輩にお祝いされるとむず痒いですけど」
「でも良かったわね。ご両親に認めてもらえて。式はいつを予定しているの?」
「まだ僕も高校生ですし、そこは追い追い話し合うと思います」
「……そっか。それもそうよね」

 すれ違っていた彼らはようやく、お互いを見つけたんだと思う。
 未来を共に歩む、かけがえのないパートナーとして。
 決して、誰も代わりにはなれない唯一の存在。
 そのことに気づくまで、朝比奈くんはだいぶ遠回りをしていたけれど。

(紫桜さんの想いが届いて……本当によかった)

 純粋に彼だけを見つめていた彼女。
 でも、影でこっそりと目を腫らしていて。
 繊細な心を持ち合わせながら、彼の前では強気なお嬢様でありたいと願っていた。
 何度拒まれても、決して折れることのなかった大輪の花。

(あたしも彼女みたいに強い意思を貫けるかしら……)

 どんな困難が立ちはだかったとしても、先生を信じて、自分も信じて。
 そして、胸を張って彼の隣で笑える日が来るだろうか。

「常盤先輩」
「ん? なぁに?」

 朝比奈くんは、少し気まずそうに後頭部に手を回す。

「……紫桜のこと、今回こういう形で落ち着いたのは先輩のおかげです」
「突然何を言い出すかと思えば……あたしは何もしていないわ。好転したと感じたのなら、それは朝比奈くんが行動した結果よ」

 近すぎたからこそ、自覚するまでに時間がかかった想い。
 心の奥底に押しこめていた本心と向き合うのは、簡単なことじゃなくて。
 戸惑いと焦りが交差する中。
 自分の気持ちを認めることができたのは、彼の強さがあったからだと思う。

(もし逆の立場だったら――足踏みしている間に後悔する結果になっていたかも)

 今回、気まずさから先生を避けてしまって。
 時間が経つほど、彼との距離は開く一方だった。
 距離を置くことのリスクを軽んじていたせいで、先生にも余計な心配をさせていた。
 一歩間違えれば、そのまま結婚式に臨むことになっていたかもしれない。
 ひとり反省していると、朝比奈くんがすっくと立ち上がる。

「正直、先輩への思慕はまだあります。ですが、あなたを幸せにするのは僕じゃない。それだけはハッキリしていますから、この気持ちは憧れとして胸にしまっておきます。……今後もう邪魔はしませんので安心してください。今までの非礼はお詫びします」

 ひたむきな表情で言われ、あたしは動揺した。
 慌てて立ち上がり、同じ目線で言葉を探す。

「……この場合はええと……なんて言えばいいのかしら」

 適切な表現が思いつかない。
 ジリジリと焦っていると、朝比奈くんが破顔した。

「ああでも。後悔してもらえるように、せいぜい頑張らせていただきますよ」
「……は?」
「僕を選ばなかったこと。先輩が羨むくらい、幸せになってみせますから」
「…………」
「いつか、この御恩は返させてくださいね」

 それだけを言うと、彼はひらひらと手を振って教室に戻っていく。
 あたしは中庭にポツンと残されて。
 時間差があってから、やっと言われた意味を理解した。

        ......

「常盤ちゃんだったら、どういうのがいい?」

 いきなり話を振られて、あたしは目を白黒させる。
 今はお昼休み。
 考え事に耽っていたため答えに窮していると、雑誌の特集ページが視界を埋めた。
 見開きのページには『ウェディング特集』とでかでかと書かれていて。

「……え」

 戸惑う声に気づいていないのか、みのりは雑誌を机に置き、両手を重ね合わせる。

「一生の思い出だもん。女の子なら綺麗に着飾っていつかは……って夢見ちゃうよねえ」
「……そうね……」
「純白のドレスもいいけど、最近は黒レースも流行っているらしいよ」
「そうなの?」
「うん。昔の型に嵌らない形がいいんだって。でも、私は真っ白なフリルに憧れるなあ」

 ページに視線を落とす。
 そこには、幸せな表情でポーズを取る花嫁の写真が並んでいた。
 どの写真も乙女心をくすぐる、素敵なドレスだった。
 思わず見とれていると、ふと、人気の結婚式場ランキングが目に入る。

(……あ。ここ、前に先生と行ったところと雰囲気が似てる)

 夏休みの終わりに訪れた別荘地。
 そこで彼からのサプライズとして、結婚式を行う教会はここだと教えられた。
 静かな森に佇む教会は、遠目からしか見ていないけれど。
 まるで絵本の中に迷いこんだみたいに、わくわくとした心持ちにさせて。
 当日までのお楽しみ、という彼の言葉が蘇る。
 けれど、雑誌を見ているみのりを見ていると、幸せ気分は薄らいでいった。
 結婚式はもう来月なのに。
 あたしは未だに友達に隠し事を続けていて。
 本当にこのまま何も言わずに、当日を迎えていいのだろうか。

(いくら身内だけで行う予定だとしても……友達に隠してやるのは間違ってるわ)

 幸い、みのりとは自由行動は同じ班になった。
 出席番号順で割り振られた部屋も同室で。

(ふたりきりで話す機会はあるわよね、きっと)

 友達を失いたくて、これまで言い出せなかったこと。
 叶うならば、結婚式へ招待したいこと。
 打ち明けるタイミングとしては、これがラストチャンスになるだろう。
 あたしは両手をきつく握りしめる。
 修学旅行はいよいよ明日に迫っていた。

        ......

 カーテンのレース越しに朝日が差しこんでくる。
 瞼を開け、手近の時計をぼんやりと眺めた。
 いつもの起床時間より一時間も早いことを確認し、再び羽毛布団の中に潜りこむ。
 ところが二度寝の幸せに浸る直前、自分の中で小さな警鐘が鳴った。
 何か、大事なことを忘れている気がする。
 寝ぼけた頭でなんだっけ、と体を丸めながら考える。
 
(……しまった、今日って出発日じゃない! 朝一に集合だから寝る時間なんてないわ!)

 ふわふわした気持ちから一変、焦りが体を突き抜ける。
 掛け布団を勢いよく剥ぎ、転がるようにベッドから抜け出した。
 ワードローブを開け、急いで制服に袖を通す。
 それから机の脇に用意していた旅行鞄を抱え、階段を慎重に降りていく。

「奈江お嬢様。おはようございます」

 足音で気づいたのか、執事が階段下で待っていた。

「おはよう、奧埜。今日から修学旅行だから、しばらく留守にするわ」
「承知しました。朝食はいかがされますか?」
「……残念だけど。あまり、ゆっくりしている時間はないのよね」

 あたしはそれだけを言い残し、慌ただしく洗面所に直行した。
 手早く身支度を整え、リビングに顔を出す。
 両親はまだ起きていないらしく、ガランとしていた。

「お嬢様。珈琲をお持ちしました」
「あら、ありがとう」

 気が利く執事に感謝し、両手で受け取る。
 旅行先の天候を確認するべく、テレビの電源をつける。
 けれど目的の番組にたどり着く前に、リモコンを持つ手が固まった。
 まだ口をつけていない珈琲の香りが鼻をかすめていく。

(……これって……)

 視線を釘づけにしたのは、普通のニュース番組だった。
 アナウンサーが株価暴落の記事を読み上げていく。
 いつもなら聞き流すところだけど、今朝はそうはいかなくて。

「日下部グループが5000億円の損失ってどういうこと? 業績予想の下方修正で、株価は連日のストップ安……? 多額の……負債……」

 次々と不穏な単語が出てきて、珈琲が波打つ。
 テレビは既に経済からスポーツ特集に変わっていた。
 しかし、さっき聞いたアナウンサーの言葉が耳から離れなくて。

(今まで株価は時事ニュースのひとつだったけれど……)

 結婚を控えた今、自分は無関係だとは言い切れない。
 夫となる人は親同士が決めた相手で。
 そして財閥の娘を嫁に出すには、事前に相応の見返りについて取り決めがあるはず。
 もし、それが反故になれば――当然、この話はなかったことになる。
 暗雲の気配に、あたしはその場に立ち尽くした。