彼と同棲をはじめて二ヶ月が経つ。
まるで私は「彼女」として扱われていないかのような、まったりとした生活が続いていた。
幸せを垣間見るゆったりとした時間だけが過ぎていく。
確かにそれはいい。
だけど何かが足りない。
果たして本当に私は彼の女として認識されていないのだろうか。
最近はそんな疑問ばかりが浮かんでくる。
その理由に心当たりがないわけではない。
否、一つだけある。それは彼と私の歳の差。
私こと峰岡桂(みねおか・かつら)は、二ヶ月前に高校に進学した列記とした現役女子高生。彼こと高城哲(たかしろ・さとし)は大学院を卒業し、銀行員を勤める社会人。
歳の差は9歳。
そして、私たちは大恋愛の末、今の同棲生活を送っているわけではない。
融資をしてくれた先方の息子に取り入ってこれからも会社運営に手を貸してもらうため、私の親が仕組んだ政略結婚のためだ。
だけどすぐにするのはまだ早いということで、結婚は私の高校卒業後ということになり、今は許婚としての間柄だ。
親と親が勝手に決めた婚姻に腹は立つ。
けれど、不覚にも私は彼に一目惚れした。
彼も次第に私に心を開いてくれるようになり、私の彼への好意は日に日に高まっていた。
そうしたわけで、今の生活が成り立っている。
なのだが。
彼から手を出すことは未だない。
いや、キスぐらいならあるけれども。
だけどこれって、私はただの子供として見られているんじゃ……?
ふと、外から鍵の差し込む音が聞こえる。
瞬間、玄関の前で悶々と考えに耽っていた私は意識を現実へと戻される。
玄関に備え付けの硝子を覗き込み、簡単に自分の顔をチェックする。
ピンクのグロスが光っていた。
満面の笑みを演じ、よし、と気合を入れる。
背筋をピンと伸ばし、そのドアが開く瞬間を今か今かと凝視する。
すると、ゆっくりと開けられたドアから長身の男が姿を現した。
それは紛れもなく未来の旦那様。
「お帰りなさァい」
「……うん。ただいま」
スーツを上品に着こなしている彼の姿は何度見てもカッコイイ。
けれども今日だけはその姿に見惚れている場合じゃない。
私は彼を上目遣いに見やり、微笑む。
彼は小首を傾げて婚約者を見下ろす。
「えっと、何?」
「ただいまのキスはしてくれないんですか?」
「へ?どうしたの?桂ちゃん」
これは強硬手段しかない。
そう私は踏んで目を瞑り、彼の行動を待った。
しばらくして遠慮がちに肩に大きな手が置かれ、唇が触れた。
そしてすぐにそれは離れる。
離れてほしくないのに。ずっと触れ合っていたいのに。
彼にはそれが伝わらないのだろうか。
目を開けると、そこにはいつもの彼の笑み。
しかし、今日ばかりはそれがここで妥協してはいけない、と思わせる種になる。
「続きは……?」
彼の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。
かすかに手が震えていたが、気にしないことにする。
彼は片手で自分の肩を抱き返してくれ、もう一方の手で頭を撫でてくれた。
だけど降り注がれるのは甘い誘惑ではなく、しどろもどろな言葉だった。
「ええと、桂ちゃん?ここは落ち着いて」
それがいけなかった。
私は急に現実へと意識が戻って、彼からするりと身を退く。
「うう、どーせ私は女じゃないですよ。お裁縫は苦手だし、料理だってレパートリー少ないし。高城さんを迫る化粧だってこれが精一杯の努力なのに色気の欠片もないんだからっ!どーせ乳臭い子供です!」
言葉が制御できない。
自分の中で渦巻いていた心が口から出てくる。
うー、なんか涙出そう。
そう思っていると、ふわっと体が宙に浮いた。
「ふえ……あっ」
「はい。お姫様」
気がつくと、彼の腕に担がれていた。
それは俗に言うお姫様抱っこだ。
恥ずかしさのあまり、赤面する。
「な、何するんですか……」
「だって、別れる発言をした挙句逃げられそうだったから、ね」
「そーいうのを卑怯っていうんですよ?」
「うん。俺のことよく知ってるね」
ちっとも怯む気配を見せない彼の横顔。
「早いかな、と思ったんだけど杞憂だったみたいだね」
「高城さん?」
「それじゃ、お姫様お連れしますね」
「へっ……ちょっと重いですってば!!」
「重くないよ。これでも俺だって列記とした男ですから」
そのまま寝室へと連れて行かれた。
部屋に明かりなんてなく、闇が広がっていた。
高城さんは暗闇の中へ足を進め、私は視界の暗さに馴染んできて不思議とまどろみに襲われていた。
優しくベッドに横たえられ、彼はキシリと音を立てベッドの枠に座る。
いつもならそこで頭を撫でられ、眠りに就く。
だけどいつも伸ばされる腕、温かい手はいつまで経っても来ない。
不思議に思い、半身を起こす。
彼を見るとばっちり目が合った。
彼は穏やかに笑みを浮かべていて。
なのに、何もしてこない。
それが無償に悲しくて、私は無意識に彼の首に両手を回す。
何度かした口付けを交わす。
心なしかいつもより長い接吻。
そのうち意識がはっきりしてきて、舌を入れて彼のものを絡め取り、貪る。
すぐに彼は応えてくれて、角度を変えながらお互いの舌を味わう。
少し名残惜しい思いを抱えながら、彼から離れる。
離れる直前、目を開けるとかなりの至近距離に彼の顔があり、思わずどぎまぎしてしまう。
でもそれも、次の言葉によって現実に戻された。
「煽ってるのかな、それは」
「うん?煽るって」
なにがですか?
続くはずの言葉は飲み込まれた。
気がつくと、また唇が重なっていた。
そして、そのまま後ろへ押し倒される。
息もできないような攻撃的なキス。
何も考えられなくなり、ただなされるがままに身を任せる。
「……ん……んんっ」
本当に呼吸困難になりそうで、思わず抗議の声を出す。
けれどそれがちゃんとした音になることはなかった。
それでも、彼はしばらくすると唇を解放してくれた。
「はぁ…………」
ようやく酸素が吸えるが、後もう少しで酸素不足になるところだった。
やがて服の上から胸に手を添えられ、暖かい体温に全身が粟立つ。
再び訪れるキスに逃げる道はなく、その間にもいとも簡単にブラウスのボタンが外されていく。
服を脱がされているのを遠くなっていく意識で感じた。
舌を舐め取られ、より一層深い口付けとなっていき理性が少しずつ離れていく。
不意にシーツの上に投げられていた左手に彼の指が絡められ、大丈夫だよ、と言われている気がした。
私はなされるがままに身を委ね、あまり膨らみのない胸へと触られたのを感じると、ついぴくりと体が反応してしまった。
だけど、それによって彼の手が止まる気配はなく、寧ろ、より大胆に胸を揉みしだかれた。
慣れない感覚に襲われ、知らず息が上がっていく。
「んぅ……あぁ……っ」
執拗なまでの愛撫が次第に安心感をもたらしていく。
「桂ちゃん。俺の名前、忘れてないよね」
「……哲、さん」
「さん付けしなくていいから。桂ちゃんは俺の彼女なんだから、哲って呼んで?」
彼に懇願されるように言われ、拒む事などできるわけがない。
「ん。哲……」
「ありがとう」
けれど言葉とは裏腹に私の服は剥ぎ取られるようにして脱がされ、気が付けば下着姿にされていた。
ブラのホックも簡単に後ろ手で外され、窮屈さから解放される。
肩の紐もずらされてブラもベッドの下へと姿を消していく。
包み隠すものもなくなった胸に彼の唇が降りてきて、熱を持った舌に既に硬くなっている突起を転がされてつい声が洩れる。
片方の胸を痛いぐらい揉まれたり指で撫でられ、意識が今にも吹き飛びそう。
そして忍ぶように下へと降りていく手に気が付いて、焦りの声を出す。
「や……ぁっ!だめ、そこ、……は」
「平気だよ、愛してるから安心して」
ずるいよ、そんな聞きなれていない言葉を聞いたら何も言えなくなる。
私が放心状態になっていると、唯一残っていた下着の隙間から細い指が忍び込んできて。
翳りの部分を何度か往復して、茂みを分けて差し込まれた。
否応にも意識してしまう、指の感触。
私でさえ直視したことのない場所へ侵入してきている。
考えただけで頭がおかしくなりそう。
「……はぁっ!……ふ……ああっ……はぁん!」
敏感な場所を擦られ、抑えられない声が出る。
けれど彼の動きがぴたりと止まり、少し影が落ちたような予感がふと襲った。
「ねえ、桂ちゃん。はじめて、じゃないんだね?」
「う……ん。……ごめんなさい」
「んー、でもこれは処女じゃないかどうか見極められるのは難しかったかもね」
「……え?」
「はー、ごめん。もう俺、我慢できないよ。ちょっと辛いかもしれないけど、我慢して?」
「……うん」
答えると、既に準備ができていたらしい彼の半身が私の中へと入ってきた。
ぬめりとした愛液に沈むように入ってきて、その度に生々しい水音が耳を反響する。
恥ずかしい思いに一杯になってくるけど、それ以上に彼の半身が進むたびに声が出る。
「ああッ!……んぅ」
下腹部からは身が千切れそうな痛みが押し寄せている。
だけどキスの雨も同時に降ってくるので、痛みが遠くに感じていくような気もした。
「痛い?痛いなら言って」
「……少し、だけだから……平気」
「そう。ゆっくりやるから、動いてもいい?」
そんな切なそうに言われたら、頷く事しかできないよ。
「う……ん。さ、とし?」
「何、桂ちゃん」
「好きです。ずっと……あなただけ」
本当は、優しいですね、って言いたかったんだけど。
なぜか口からついて出た言葉は違っていた。
でも、はにかむ彼を見ることができたから良しとしよう。
「ふ……ぁ。……やぁぁぁ!!」
より奥へ突かれて、私は力いっぱい叫ぶ。
現実と夢が交互に脳裏を過ぎり、限界が近づいている事を悟らせていた。
「あッ、んんん!ああ、も……だッ、めぇ……!」
「…………俺も、くっ……ダメかも。ゴメン、ね」
「いッ……、さ……とし……んんっ」
一層激しく揺さぶられ、私たちは抱き合うように意識を飛ばした。
★
まだ行為の余韻が残った熱を感じつつ、私は気だるさを覚えながら目を開ける。
身じろぎする私を腕に抱えたままだった哲に至近距離で微笑まれ、思わぬことに心臓が飛び跳ねた。
だけど、それ以上の予想外の言葉が耳に直接囁かれた。
「桂ちゃんが心から愛しい」
哲はいとおしむ様に私の髪の一房に口付ける。
それがプロポーズの言葉に聞こえて、顔が火照っていく。
「桂ちゃんの初めての人のこと、すーごく聞きたいんだけど?」
「あ……それは」
「聞いちゃダメかな」
その優しい言葉に首を横に振る。
「ううん……聞いてもらわないといけないこと、だと思います。実は推薦で決まるまで付き合っていた人がいて。中2から付き合ってて、彼は高1だったんですけど。……その、彼の部屋に行ったときに」
そのとき、哲の顔が曇っていくのが分かった。
もう私が言わなくても先が読めてしまったのだろう。
だけど、最後まで言わなくてはいけないので、再び口を開ける。
「それで、彼に触れられたんですけど、なんだか凄く怖いと思っていやだって言ったんですけど……」
「無理やり?」
「…………はい」
「そう」
哲は何かを考えるように天井に視線を泳がせて、私に視線を戻す。
「ねえ。桂ちゃん、俺に抱かれているとき怖かった?正直に言って」
「ううん。大丈夫でしたけど」
「本当に?嘘、ついてない?」
「嘘じゃないです」
心からそう言うと、その思いが伝わったのか、ホッとした様子で私を抱き寄せた。
けれど返って来る言葉がなくて、私は少し不安になる。
「あの。……嫌いになりましたか?」
「まさか。悪いのは桂ちゃんじゃないし、言わば被害者でしょ。それに、俺は彼女に惚れてるから離す気ないしね」
「良かったぁ」
あからさまに安心した様子を見せると、のどかに笑う彼の顔が若干意地悪な色を帯びた。
「何ならもう一回いく?俺の愛の証を体の隅々に洩れなくつけようか」
「えっ。あ、今日はもういいです!」
「そう?それは残念だなぁ。じゃあ、今日はこれで我慢ね」
そう言うと同時に、私の体は哲の腕の中にすっぽり包まれた。
「もー俺、死ぬかと思った」
「え?」
「本当はね、桂ちゃん見ているだけで禁断症状が出そうだったんだよ。こんなに近くに居ても好きなように触れなかったからね。さっきみたいにさ。もう俺、限界だった。だけど、そのせいで桂ちゃんが不安に感じているとは思っていなかった。うん……ホントごめん。自分のことで精一杯だった。でもようやく初夜が迎えられて、本当に嬉しい」
言葉通り嬉しさを体一杯表されて、何だか私も嬉しくなってくる。
今日の事は後悔したりなんかしない、と心の中でひっそりと誓う。
けれどもう一度言葉を反復すると、何だか無性に申し訳なさに襲われた。
「あ、あの。ごめんなさい」
「いいって。お互い様……ってやつでしょ。あーでも、これからは覚悟してね。隙あらば襲うかも?」
「えぇー?そんなぁ。身が持ちませんよ」
「大丈夫だって。ほら、立てなくなったら、俺が手取り足取り介抱してあげるから」
「もー、何言ってるんですか!!」
私が顔を赤くして抗議したら、見透かしたように「冗談だよ」って微笑む彼に頬を大きなて包まれていた。
やがて降りてくる、羽のような口付け。
甘い時間はまだまだ続きそうだった。