-皆無の彼女歴を持つカレ-

はっきり言って、今度の彼氏は三度目にして初めてのタイプ。
何て言ったってまず、彼女歴がこの世に生を受けて唯の一度もないという男。
本当にこれはあたしにとったら、物凄く珍しいことなのよ。
とはいっても、その新しい彼がダサ男で全く異性から好かれないタイプ……というわけでもないのよね。
なのに、今まで彼女を作ったことがないっていうのは付き合い始めて知った事。

そんなあたしたちの出会いはライブだった。

実はあたしにはバンドを趣味でやっている兄が一人いる。
で、結構芸能関係に疎い、というより大して興味がないあたしが唯一足を運ぶのが兄のライブだったりするわけで。
だってタダ同然だし、折角だから行くかってノリなんだけど。
そして兄は一応ボーカルなんかしてて、まぁ、一応妹からしても上手いと言えるぐらい。
思わず聞き惚れることは……そこまではないにしても何度かはある。
きっと歌詞がいいからだとは思うけど。
そんな感じで地元では、その手の知り合いの中では有名になりつつあるバンドだった。

「ねえ君、あいつの何?」
「はあ?」

出会いは本当に突拍子のない言葉だった。
今思い出しても、絶対同じ台詞を言う自信がある。
そのぐらい理解しがたい、なんともフシギな質問だった。

よりにもよって、実の兄のオンナと間違われようとは、ねぇ?

「伊吹!そいつは俺の妹だから。正真正銘。お袋に聞けば分かるって!!」
「……そう、あまり似てないんだ」

あたしたちの間に入った光司に対しての、その一言にあたしは理性を失っていた。

「だから何っ?!」

謝罪の一言が先でしょうが、何をさておき先ず!
なのに言うこと欠いてそれなの?!
姉とならともかく、兄とはそんなに似ないでしょう普通。
……性格はともかくとして。

キッと睨みを利かして敵視していると、場に合わないのんびりとした言葉が返ってきた。

「なら話は早いや。俺と付き合って」


――そうして現在に至るわけなのだが、もしかしてコレって一生の不覚ってやつ?


最近そんなことばかり考えるのは、明らかにあたしだけの責任じゃないと思うのよね。
付き合って早々発覚した事実、それが今まで彼女はいないということだった。
しかも彼女に似た女友達もいなかった、と。
……じゃあ何で、あんな軽いノリであたしは今アンタと付き合ってるの?
やっぱり伊吹といると自分がバカみたいに思えてきて仕方が無い。

「何で、今まで彼女がいなかったの?ていうか、作らなかったの?」
「彼女まで格上げする程、皆仲良かったわけじゃないってことだけ」
「でも殆ど喋っていたのは男友達、って聞いたけど」

あたしは兄貴と言葉を思い出してそう言うと、伊吹が顔を覗き込んできた。
その至近距離に、心が人知れず暴れだす。
けれどそんなこと、伊吹にも分かってもらえるはずもなく。
じぃっと見てくる視線で逃れられないように射すくめられていた。

「桜は昔の彼女候補の女の子と、自分とで見比べしたいの?……そう聞こえるけど?」
「た、……ただっ、素朴な疑問だったの!!伊吹、モテナイわけじゃないでしょう!だ……からっ」

きれいな澄んだ眼に自分の姿が映されていることに、あたしはどうしても耐えられなかった。
それが頂点に達しようとしていたとき、無意識に両手を前へ突き出して伊吹を遠ざけていた。

「な、なに?どうしたわけ、桜」

当然、伊吹の問いは自然な流れだろう。
けれど、このバクバクと大きく波打っている鼓動の音は、暫く抑えられそうに無い。

あーもう、やっぱりあたし、バカみたい。

きっと伊吹はこんなちょっとした事でドキドキしたり、とかないと思う。
なのにどうして、あたしはそうじゃないんだろうか。
今までの経験と物語ってきたはずのモノは、伊吹の前ではあまりにも無力だった。
女の武器と呼べれるものは彼には通用しない。
もっと深いもの――心をすぐに見透かされている気がするから。

「ごめんね、何でもない……」
「本当に?」
「……うん」

疑うように問いかけられれば、それは嘘だと言いたくなる。
だがその理由を述べるのは、まるで、あたしが初恋のように初な心があるということを言っているようなもンで。

……って、初恋?!

いやいやいやいやいや、有り得ない。
有り得るわけ、が、ない。
その言葉に当てはまるのは伊吹の方じゃないの!!
そうよ、そうに決まっている。

「まぁいいや。俺、なんか作ってくる。桜はそこで待ってな」
「え?あ、あたしも手伝う――」

そう言って立ち上がろうとしたとき、伊吹が無言で手で制した。

「アレの時期なんだろ?偶には俺の料理、楽しみにしてて」
「……っっ。わ、分かったわよ」

周期が分かってしまうのも、やっぱり何ていうか恥ずかしい。
それにあたしの場合はそんなに軽い方じゃなくて。
無理して明るく接することもしようと思えばできるのだけど、やっぱり後々辛くなってくるわけで。
伊吹には仮面というものが、全く効かないのだ。
取り繕って対応しても、なぜかすぐに仮面を外される。
その中にいた、堂上桜という性格を前に出される。
だから、もう無理はしない――否、することができなくなってしまった。
もしかしたら、そのせいかもしれない。
こんな他愛の無いやりとりだけで、あたしが中学生みたいな反応をしてしまうのは。

そうして、どのくらい物思いに耽っていただろう。
気付けば、できたよ、という言葉とともに何枚ものお皿が目の前に置かれていた。

「わ……、美味しそう」

率直な感想がつい口から零れ落ちると、伊吹が楽しそうに笑う。

「ま、味は保障するから、どうぞ召し上がれ」
「うんっ、いただきます」

両手を合わせて食べると、伊吹も同じように箸をつけていた。
……しかし、いつも思うわけよ。
どうしてこんなに美味しいものが作れるのか、って。
味付けひとつにしろ、美味しいという漠然とした感想は思いつくが、それがどの調味料をどのくらい使ったらコウなるのかは全く検討もつかない。
料理の腕が私のなんかよりさらに上回っているのをいつも実感させられてしまう。

「どう、美味しい?」
「……うん、とっても」

自分が切なくなりながらも何とかそう答えると、そっか、っていう返事が返ってきた。
でもこういう何気ないやり取りがすごく安心感を与えてくれるのも、また事実。
けれど……どうしてもあたしには腑に落ちない点がある。

それは。

「ねぇ、あたしたちってこうやってズルズル付き合っていくのかな」
「……今のままじゃ、不安?つーかそれ不満?」
「んーだって、どこを好かれているか未だに分からないままだし。少なくともOKしたのは、顔でもないから自慢したいわけでもないし」

ありのまま思いついた言葉をそのままぶつける。
伊吹は目を丸くしてそれを反芻していたが、ふっとあたしに視線を合わせた。

「それってさぁ、もしかして褒め言葉?」
「……。さあ?」
「何ソレ。分からないヤツだな」
「それこそ、お互い様」

分からないものは、分からない。
理解しようとすればする程、余計過去の自分も分からなくなってくる。

「じゃあ、あれだ?彼女としての自信がないってわけだ?」
「……そう、なのかなあ」
「桜はあれでしょ、俺より彼女歴が長いからそれなりの経験もある。だけど俺は今までの彼氏とは違うタイプだから、どう対応していいか分からない。で、考え出すにつれて好きっていう気持ちが不安になってくる」

あたしはつい渋面を作り、声を失っていた。
そうかもしれない、という思いがあたしの言葉を飲み込んでいく。

「じゃあ、そんな桜を救ってみせましょう?」
「はあ?どうやって?」

疑いの眼を向けると、実に楽しそうに笑う伊吹の顔。

「好きな子がいなかったわけじゃないんだ、今まで。俺が今まで彼女を作らなかった理由はね、彼女にとって最高のパートナーは俺じゃない他の奴なんだろうなって思ってたから。だから告白もしなかったし、そんな素振りは見せなかった。だけど桜は違うんだ。俺が幸せにしたいと思った、初めての女の子なんだよ」

どう、これでも自信がない?

そう言ってあたしの体を簡単に抱きすくめる、この男、坂元伊吹19歳。
あたしは本当の意味での恋に落とされた瞬間だと思う――。
きっと、あたしたちにとってこれが恋愛のはじまり。